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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二十二の事件:『思い出の彫刻家』篇

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第七十九章『思い出の彫刻家』

醜い「真実」と、美しい「嘘」。もし、神のように、過去を書き換えることができるなら、あなたは、どちらを選びますか?


デジタル探偵シャドー:第七十九章『思い出の彫刻家』


2025年8月9日、土曜日、午後11時17分。

その夜、インターネットは、一つの奇妙な「奇跡」の話題で、持ちきりだった。


数年前に、収賄スキャンダルで、完全に政界から葬られたはずの、大物政治家。彼の輝かしい経歴に泥を塗った、過去のあらゆる告発記事や、証拠データが、ネット上から綺麗に消え去っていたのだ。


そして、そのスキャンダルがあったはずの「空白の期間」は、全く別の美しい物語で、上書きされていた。


「彼はその時期、身分を隠し、東北の被災地で、長年ボランティア活動に、従事していた」


と。

その「美談」は、匿名ボランティア団体の、古い、活動記録ブログや現地の人々のSNSの、過去ログといった、膨大な、しかし、これまで誰にも、気づかれなかった、情報の中から「発掘」された、という体裁をとっていた。


あまりにも完璧な、歴史の改竄。

人々はこれを「政界の陰謀だ」と、騒ぎ立てた。


しかし、冴木は対策本部の会議室で、その美しすぎる「美談」に、強烈な違和感を覚えていた。


これは、ただの情報操作ではない。

そこには、確固たる、「物語を、より美しくしたい」という、芸術家のような、歪んだ意志が介在している。


彼の直感は、正しかった。

数日後、第二、第三の「記憶の彫刻」が、現れ始める。


若くして、才能を絶賛されながらも、薬物スキャンダルで、自ら命を絶った、伝説のロックシンガー。

彼の死の真相は、「薬物ではなく、長年難病と闘っていた」という、悲劇の物語に書き換えられた。


これもまた、彼の母親がひっそりと、つけていた、闘病日記という、誰も知らなかったはずの「証拠」と共に。


シャドーの分析は、困難を極めていた。

データが、改竄されていることは、間違いない。しかし、その手口は、あまりにも、完璧で、ハッキングの痕跡が、一切見つからないのだ。


そして、何よりも厄介なのは、過去を美しく、書き換えられた「被害者」の、遺族や関係者たちが誰一人、被害届を出そうとしないことだった。


彼らにとってそれは、醜い真実よりも、ずっと、都合のいい美しい「嘘」だったからだ。


「…手詰まり、か」


冴木は、自らのプロファイリング能力の、限界を感じていた。

この神を気取る、犯人の「美学」が、どうしても、理解できない。


善意なのか、悪意なのか。

救済なのか、冒涜なのか。


彼は、ついに決断した。

この、常識外れの芸術家の心理を、理解できるのは、世界でただ一人しかいない。


冴木は、重い足取りで、あのアクリル板の向こう側にいる「悪魔」に、再び会いに行くことを決めた。

時任錠だけが、この哀しき、ゴーストライターの正体を、見抜くことができるはずだった。


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