第七十四章『最後の放送』
デジタル探偵シャドー:第七十四章『最後の放送』
2025年8月3日、日曜日、午前9時51分。
茨城県、鹿島宇宙技術センター。
そこはまるで、巨大な機械の恐竜の骨格が、点在する、太古の大地のような場所だった。
空に向かって、静かにそびえ立つ巨大な、パラボラアンテナ。
その足元にある管制室のドアは、開いていた。
冴木が、一人中へ入ると、そこに彼はいた。
鎮目誠は、無数の古い機材に囲まれながら、たった一台の、ノートパソコンと、マイクの前に、静かに座っていた。
彼は、冴木の姿を認めると、まるで講義に遅れてきた学生に、語りかけるように、穏やかに、微笑んだ。
「…刑事さんかね。よくぞ、ここまでたどり着いてくれた。私の、静かな書斎へようこそ」
「…見事な講義でしたよ、先生」
冴木は、静かに言った。
「ですが、あなたの講義は、少し過激すぎて、生徒たちがパニックを、起こしている」
「ふふふ、そうかね」
鎮目は、楽しそうに笑った。
「だが、彼らは思い出したはずだ。スマホの画面の外にも、世界があるということを。隣にいる人間の温もりを。…多少の、ショック療法は、必要だったのさ」
彼の、その揺るぎない、瞳。
彼は、自らを罪人だとは、微塵も思っていない。
世界を、より良い方向へと導く、教師だと信じきっているのだ。
「…鎮目誠。あなたを、電波法違反、及び、威力業務妨害の容疑で、逮捕します」
「ああ、わかっているよ」
鎮目は、穏やかに頷いた。
「私の特別講義も、そろそろ終わりの時間だ。…だが最後に、一つだけ締めの挨拶を、させてもらってもいいかね?」
彼は、冴木の返事を待たずに、マイクのスイッチを、入れた。
そして、東京の全ての、ラジオの向こう側にいる人々へ、最後のメッセージを、送る。
「…皆さん。私の拙い講義に、一日お付き合いいただき、ありがとう。まもなく、あなた方の世界は、元の喧騒を取り戻します。…だが、どうか、忘れないでほしい。今日、あなた方が感じたこの静寂を。そしてその静寂の中で交わした、言葉の温もりを。…ではまたいつか、お会いする日まで」
彼はそう言うと、マイクのスイッチを切り、ノートパソコンを、閉じた。
そして自らの手で、首都圏の通信機能を、回復させる、プログラムを実行した。
始めから終わりまで全てが、彼のシナリオ通りだった。
冴木のポケットで、スマートフォンが、けたたましく震えた。
一斉に届き始めた、おびただしい数の通知。
彼は、その画面を一瞥すると、何も操作せずに、ポケットへと戻した。
鎮目は、満足そうに立ち上がると、自ら冴木へと、両手を差し出した。
「さあ、行きましょうか、刑事さん。私にもようやく、本当の『静寂』が、訪れるよ」
その晴れやかな顔は、まるで大役を終えた、舞台役者のようだった。
事件は、終わった。
だが彼が、人々の心に植え付けた、小さな「問い」は、これからも、ずっと消えずに、残り続けるだろう。
「我々は、本当に繋がっているのか?」
と。
以上で、記念すべき二十番目の事件は終わりました
このキリのいいタイミングで、この事件をお届けしたいと思っていました
あたしは、携帯電話を持ちたくありませんでしたが、今ではスマホのない生活は、考えられません
ただ、一度立ち止まって考えることは、あっていいと思いました
そんなあたしの考えを、この物語は形にしてくれました
今回の話にお付き合い頂きまして、ありがとうございました
まだまだ、冴木とシャドーの事件解決物語は続きます
これからも、よろしくお願いします




