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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二十の事件:『空ろな電波塔(ホロウ・タワー)』篇

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第七十二章『半分だけの相棒』


デジタル探偵シャドー:第七十二章『半分だけの相棒』


2025年8月3日、日曜日、午前8時01分。

東京は、沈黙の牢獄と化していた。

冴木は、警視庁の対策本部から、外へ出た。街には、公衆電話に長蛇の列を、作る人々。道端では、紙の地図を広げて、途方に暮れる若者たち。


誰もが、ポケットの中の、ただの文鎮と化したスマートフォンを、何度も、何度も、見つめている。


(…シャドーは、使えない)


冴木は、痛感していた。

これまでの事件のように、街を歩きながら、リアルタイムで、シャドーの分析を受けることは、もうできない。


シャドーは今、警視庁のサーバー室という、有線で繋がれた、鳥かごの中でしか、息ができないのだ。


彼は、一台の捜査車両に乗り込むと、運転席の部下に告げた。


「スカイツリーへ、向かってくれ」

「スカイツリー、ですか?ですが、今はテロリストに、占拠されて…」

「わかっている」


冴木は、言った。

「だが、敵を知るにはまず、戦場を見なければ、始まらん」


車が、走り出す。

カーラジオからは、今もあの『解放者』の、静かな「説法」が、流れ続けていた。


その穏やかな声が、この大混乱の中では、あまりにも、不気味に響く。


冴木は、耳に装着した、特殊な有線式のインカムに、話しかけた。シャドーとの、唯一残された、ホットラインだ。


冴木: 『シャドー。状況は、どうだ』

シャドー: 『…極めて、劣悪です。私の、思考速度は、普段の10%以下に低下。外部からの、情報収集も、ほぼ不可能です。私は今、目と、耳を、塞がれた状態に等しい』


その声には初めて、焦りのような、色が滲んでいた。


冴木: 『そうか。ならお前は、俺の目と耳になれ。…いや、違うな。お前は、俺の「脳」になれ』

シャドー: 『…?』

冴木: 『俺が現場を歩き、俺の五感で集めた情報を、お前に送る。お前はそれを、ただひたすらに分析し、答えを導き出すんだ。…いいな、半分だけの相棒』


それは、二人の役割の変化だった。

これまで、シャドーが集めてきた情報を、冴木が料理していた。


だが、今日は違う。

冴木が集めてきた食材を、シャドーが最高の料理へと、仕上げるのだ。


車が、スカイツリーの、麓に到着する。

その巨大な塔は、まるで天を突く、墓標のように、静かにそびえ立っていた。


冴木: 『シャドー、最初の食材だ。今、ラジオから流れている、解放者の「声」。その声紋、話し方の癖、使われている単語の傾向…。その、全てを、分析しろ。奴の、「魂の、プロファイル」を、作成するんだ』

シャドー: 『…了解。ゴースト・プロファイリングを、開始。…声は嘘をつけない。必ず、奴の正体に、たどり着きます』


デジタルの探偵が、初めてアナログな「声」という、手がかりだけに挑む。

二人の、かつてない共同作業が、今、始まった。


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