第七十章『旅の終わり』
デジタル探偵シャドー:第七十章『旅の終わり』
2025年8月2日、土曜日、午後10時14分。
シャドーが示した、GPSの位置情報。
そこは、意外な場所だった。
東京から、遠く離れた、静岡県のとあるサービスエリア。
風間走は、そこにいた。
冴木は、一人車を飛ばした。
数時間後。深夜のサービスエリアに、到着すると、駐車場には数台のトラックが、静かに停まっているだけだった。
その、片隅に。
一台だけ明かりが灯る、キャンピングカーがある。
冴木が近づいていくと、車のスライドドアが、内側から静かに開いた。
中には、ノートパソコンを前にした、一人の若者。
風間走が、穏やかな顔で、座っていた。
「…刑事さん、ですか」
彼の声は、少し震えていたが、しかし、どこか安堵したような、響きがあった。
「ああ」
冴木は、頷いた。
「風間走。君を、不正アクセス禁止法違反の、容疑で逮捕する」
「…はい」
風間は、素直に頷いた。
「わかっていました。いつかは誰かが、僕を見つけ出すだろうって。…それが、あなたで良かった」
彼は、自らのノートパソコンを指差した。
「これが、僕がやった、全ての証拠です。各社のセキュリティを、どう突破したのか。その記録も、全て残してあります」
「なぜ、こんなことを?」
「…許せなかったんです」
風間は、静かに言った。
「僕は車が好きで、旅が好きで、今の会社に入った。誰もが自由に、安全に、旅ができる、最高の、ナビを作りたかった。…でも会社が求めていたのは、ユーザーの利便性じゃない。どうやって、ユーザーから金を搾り取るか、ということだけだった」
彼は悔しそうに、唇を噛んだ。
「知識は、独占されるべきじゃない。特に、安全に関わる知識は。…僕は、ただ自分が本当に、作りたかったものを、この手で世界に、届けたかっただけなんです」
その純粋で、不器用な動機。
彼は義賊でもヒーローでもない。
ただ、自分の「理想」に正直すぎた、一人の技術者だ。
「…君の旅は、ここで終わりだ」
「はい」
風間は、静かに頷くと、自らキャンピングカーから、降りてきた。
そして最後に一度だけ、夜空を見上げた。
「…でも、刑事さん」
彼は、言った。
「僕が解放した地図で、誰か一人でも、新しい道を見つけてくれたなら。見たことのない、景色に出会ってくれたなら。…僕の旅は、決して無駄じゃなかったって、思えるんです」
その言葉を最後に。
『旅人』の、長くて短い、たった一人の反乱は、静かに幕を閉じた。
冴木は彼を、パトカーに乗せると、東京へと車を走らせた。
カーナビの画面には、シャドーが最新にしてくれた、美しい地図が映し出されている。
それは皮肉にも、風間走が世界にプレゼントした、「自由な道」、そのものだった。




