第六十九章『たった一人の反乱』
デジタル探偵シャドー:第六十九章『たった一人の反乱』
2025年8月2日、土曜日、午後10時01分。
シャドーによる、デジタルの大捜索が始まってから、数時間が経過した。
冴木の目の前のモニターには、過去20年間の、インターネットの膨大な歴史が、猛烈な速度で流れ、そして消えていく。
それはまさしく、砂漠の中からたった一つの砂粒を、見つけ出すような作業。
だが、シャドーは決して、諦めなかった。
「美しいコード」という、たった一つの道しるべを頼りに。
そして深夜。
ついに、その時は来た。
シャドー: 『…発見しました』
冴木は、身を、乗り出した。
シャドー: 『15年前。今はもう、閉鎖されたある大学のサーバーの片隅に、今回犯行に使われたものと、99.99%一致する、「美しさ」を持つコードが、残されていました』
シャ-ドー: 『それは当時、その大学に在籍していた、一人の学生が卒業制作として発表した、「あらゆるファイアウォールを、芸術的にすり抜けるための、概念実証プログラム」でした。そしてそのプログラムの、プレゼンテーション論文に、あの「詩」と同じ一文が、記されていました』
『道に、境界なし。知識に、錠なし』
ウィンドウに、その学生のプロフィールが、表示される。
そこにいたのは、少し気弱そうな、しかし、真っ直ぐな瞳をした、一人の若者だった。
表示された情報:
・ 氏名: 風間 走
・ 経歴: 天才的なプログラマー。大学卒業後、大手自動車メーカーに就職。カーナビのセキュリティ部門の、開発を担当。
・ 特記事項: 5年前に退職。退職理由は「会社の利益のために、ユーザーの利便性を制限するという、社の方針に同意できない」というもの。
「…ビンゴだ」
彼こそが、『旅人』。
自らが開発に関わった、カーナビシステム。
そのがんじがらめの不自由さを、誰よりも知っていた男。
彼はたった一人で、巨大な自動車業界全てを、敵に回し、自らの「正義」を貫こうとしたのだ。
冴木: 『風間走の、現在の居場所を、特定しろ』
シャドー: 『…特定完了。彼は5年前に、会社を退職した後、一台のキャンピングカーを購入。以来、日本中を旅しながら、生活しています。現在のGPS記録によると、彼は今…』
シャドーが場所を告げようとした、その時。
冴木は、それを手で制した。
「…いや待て。シャドー」
冴木は、モニターに映し出された、風間走の穏やかな、顔を見つめていた。
「…こいつは、俺が一人で、会いに行く」
この、あまりにも純粋で、不器用な義賊。
その、最後の「旅」の終わりを告げるのは、自分一人で十分だ。
冴木は、静かに立ち上がった。
たった一人の、反乱軍に会いに行くために。
彼の、自由な旅を、終わらせるために。




