第六十六章『ジョーカーの在処』
デジタル探偵シャドー:第六十六章『ジョーカーの在処』
2025年8月1日、金曜日、午前3時48分。
横浜の空っぽのオフィスで、冴木は静かにシャドーの解析を待っていた。
部屋には、証拠隠滅のトラップが、作動した際に発生した、白煙の匂いが、まだ微かに残っている。
シャドー: 『…解析を、開始します。ゲームマスターの、ビデオ映像から、ノイズを、除去。解像度を、最大まで、引き上げます』
冴木の目の前のモニターに、数秒だけの映像が繰り返し、再生される。
青白い顔の若者。そして、彼がかざした、一枚の、ジョーカーのカード。
冴木: 『何か、分かるか』
シャドー: 『まず、背景から。彼の、部屋の窓ガラスに、一瞬だけ外の光が、反射しています。この光のパターンは、東京タワーの深夜の航空障害灯の、点滅パターンと97%一致。彼は、東京タワーが見える、超高層の建物にいます』
冴木: 『…範囲が、広すぎるな』
シャドー: 『次に、彼が見せた、ジョーカーのカード。その、絵柄裏面の模様を、世界中のトランプの、データベースと照合します』
シャドーのウィンドウに、何万種類というトランプの画像が、高速で流れ比較されていく。
そして、数秒後。
シャドー: 『…発見しました。このカードは、5年前に、マカオの超高級カジノが、VIP顧客だけに配布した、限定生産のデッキです。市場には、ほとんど出回っていません』
金持ちの、ギャンブラー。
そして、東京タワーが見える、超高層ビル。
二つの、情報が繋がった。
冴木: 『シャドー、最後の検索だ。その、カジノのVIP顧客リストの中から、日本在住の人物をリストアップ。そして、その中で元ゲーム開発者、あるいは若手の、投資家がいるか調べろ!』
シャドー: 『…検索。…ヒットしました。ただ、一人だけ。
氏名:一条 蓮
経歴:22歳。10代で開発した、ソーシャルゲームが、空前の大ヒット。その権利を、海外企業に売却し、若くして莫大な、富を手に入れた、天才ゲームクリエイター。
現在の住居は、六本木の超高層マンションの最上階。そこは、まさしく東京タワーを、見下ろす場所です』
「…ビンゴだ」
彼こそが、ゲームマスター。
人生という、簡単なゲームを、クリアしてしまい、退屈のあまり世界そのものを、新たなゲーム盤に、変えてしまった、哀れな神童。
冴木は、立ち上がった。
「…行くぞ」
彼の、その一言で待機していた、部隊が一斉に動き出す。
向かうは、六本木。
ジョーカーの潜む、天空の城へ。
数時間後。
六本木の、超高層マンションの最上階。
その豪華な、ペントハウスの、ドアを特殊部隊が破った時。
一条蓮は、ソファに寝そべり、まるで映画でも、見るかのように、その光景を眺めていた。
彼は、ゆっくりと起き上がると、パチパチと、拍手をした。
「おめでとう、冴木刑事。君は、最後のクエストを、見事にクリアした」
彼の顔には、焦りも恐怖もない。ただ、最高の、ゲームを終えた、満足感だけがあった。
「ゲームは、終わりだ」
「ああ、そうだね」
一条蓮は、楽しそうに頷いた。
「この退屈なゲームは、終わりだ。…だが、君という、面白いプレイヤーを、見つけたからね。次のゲームは、もっと面白くなりそうだ」
彼は静かに、手錠をかけられた。
その瞳は、まるで新しいおもちゃを見つけた、子供のように、キラキラと輝いていた。
冴木は、ただ黙って、その歪んだ天才を、見つめていた。
この、男がまた、新たな「ゲーム」を、仕掛けてくる日は、そう遠くないのかもしれない。
その時まで自分は、そして、シャドーは、戦い続けなければ、ならないのだと。
彼は静かに、決意を固めた。




