第六十五章『ゲームマスター』
デジタル探偵シャドー:第六十五章『ゲームマスター』
2025年8月1日、金曜日、午前3時45分。
横浜、山下公園。
深夜の静かな港町の一角にある、古びた雑居ビルを、数台の覆面パトカーが、音もなく包囲していた。
重装備の突入班と共に、冴木はビルの入り口に、立っていた。
シャドーが、特定した部屋は、4階の一番奥。
表札には、何も書かれていない。
「…突入する」
冴木の、短い号令で、部隊がドアを破る。
しかし、彼らが部屋の中で見たのは、予想外の光景だった。
そこに、人の姿はなかったのだ。
部屋は、がらんどうだった。
ただ、中央に一台のハイスペックな、ノートパソコンが、置かれているだけ。
画面には、ARゲーム『The World』の、管理画面らしき、ウィンドウが開かれている。
そして、そのウィンドウを通して、ビデオチャットのように、一人の若者の顔が、映し出されていた。
彼は、薄暗い自室らしき、場所からこちらを見ている。
その顔は、痩せて青白く、しかし、その瞳だけが、狂的な光を宿していた。
『…遅かったじゃないか、刑事さん』
スピーカーから、合成された声が響いた。
『君が僕の居場所を、突き止めるのに、3時間もかかった。正直、少しがっかりしたよ』
彼こそが、ゲームマスター。
「お前が、全ての黒幕か」
『黒幕だなんて、人聞きの悪いことを言わないでくれ』
ゲームマスターは、画面の向こうで、楽しそうに笑った。
『僕はただ、この退屈な世界に、少しだけスリルを、与えてやっただけさ。感謝してほしいくらいだよ』
「ふざけるな。お前のせいで、どれだけの人間が、犯罪者になったと思ってるんだ」
『犯罪?あれは、ゲームだよ。それに、彼らは自分の意志で、クエストを選んだんだ。結果責任は、プレイヤー自身にあるべきだ。…そうだろ?』
その、あまりにも無責任な論理。
冴木は、怒りを通り越して、ある種の哀れみさえ感じていた。
「…お前は、どこにいる」
『さて、どこだろうね?』
ゲームマスターは、挑発的に言った。
『それが君への、最後のクエストだ。僕を見つけ出すことができたら、君の勝ち。もし、見つけられなかったら…このゲームは、もっと、過激になる』
彼は、そう言うと、ノートパソコンの、カメラに、一枚のトランプをかざして見せた。
『ジョーカー』の、カードだ。
『ゲームは、まだ終わらない。さあ、鬼ごっこを、続けようぜ、冴-木-刑-事-さん』
その言葉を最後に、PCの画面は、真っ暗になった。
同時に、部屋に残されたPCから、白煙が上がり始める。証拠隠滅のための、トラップだ。
冴木は、舌打ちした。
まんまと、一杯、食わされたのだ。
ここは、ただの中継地点。
ゲームマスターは、もっと安全な、どこかから、全てを操っている。
だが、彼は決して、諦めてはいなかった。
冴木: 『シャドー!今、奴が見せた、ジョーカーのカード!そして、奴の部屋の背景に、映り込んでいた、全てを分析しろ!どんな、些細な情報でも、構わない!奴の、本当の隠れ家を、見つけ出すんだ!』
ゲームマスターが、残した最後の、そして、最大のヒント。
その僅かな映像から、冴木とシャドーの、最後の逆襲が、始まろうとしていた。




