第六十三章『ゴースト・プレイヤー』
デジタル探偵シャドー:第六十三章『ゴースト・プレイヤー』
2025年8月1日、金曜日、午前0時05分。
冴木の、スマートフォンに、ARゲーム『The World』の、チュートリアル画面が、表示された。
彼は、アバターの名前を、無作為な文字列に設定し、ゲームを開始する。
すると、警視庁の殺風景なオフィスが、画面越しにはゴブリンがうろつき、宝箱が置かれたファンタジーな、ダンジョンへと変貌していた。
「…なるほどな。こりゃ、ハマるわけだ」
冴木は、感心と呆れが混じったような、声を漏らした。
彼は、この仮想の世界で、プレイヤーとして、振る舞いながら『ゲームマスター』の、尻尾を掴むつもりだった。
冴木: 『シャドー。俺の、このアカウントを、追跡しろ。そして、俺がこれから接触する、全ての、プレイヤーとゲームマスターからの、ゲリラ・クエスト。その、全データを記録、分析しろ』
シャドー: 『…了解。あなたを「ゴースト・プレイヤー」として、システムに登録。監視を、開始します』
冴木は、数時間ゲームを、プレイし続けた。
初心者向けの、クエストをこなし、レベルを、上げていく。
そして、彼が他のプレイヤーたちと、交流できる、ゲーム内の広場に、たどり着いた時だった。
彼の、目の前に、新たな「ゲリラ・クエスト」が、ポップアップしたのだ。
【緊急ゲリラ・クエスト発生!】
クエスト内容:この、広場にいる、プレイヤー『T-REX』を挑発し、喧嘩を起こせ。
成功報酬: 30,000ポイント
「…喧嘩、だと?」
冴木が、周囲を見渡すと、『T-REX』と、名乗る、屈強なアバターが、他のプレイヤーに、威圧的に、絡んでいるのが見えた。
ゲームマスターは、プレイヤー同士のトラブルを、誘発させているのだ。
だが、冴木が本当に、注目したのはそこではなかった。
クエストの、ウィンドウの隅に表示された、極小の文字。
それは、クエストの「発行ID」だった。
冴木: 『シャドー、今、表示されたクエストの発行IDを、分析しろ。発信源は、どこだ?』
シャドー: 『…追跡、開始。…ダメです、冴木。IDは、ゲームの正規サーバーを、経由しており、そこから先は、鉄壁のファイアウォールに、守られています。これ以上は、追えません』
「…そうか。なら仕方ない」
冴木は、そう、呟くと、スマートフォンを、操作し、『T-REX』へと、近づいていった。
そして、ゲーム内のチャット機能で、一言だけ、メッセージを送る。
『あんた、ダサいね』
その、あまりにも直接的な挑発に、広場にいた、全プレイヤーが固まった。
『T-REX』は、案の定激高し、冴木のアバターへと、殴りかかってくる。
ゲームは、大混乱。
シャドー: 『冴木!?何を、しているんです!』
「決まってるだろう」
冴木は、冷静に答えた。「表から、ドアが開かないなら、内側から誰かに開けてもらうしか、ないだろ?」
冴木: 『シャドー!今、俺と、『T-REX』が接触した瞬間の、サーバーの通信ログ!その、0.01秒の、データを抜き取れ!ヤツが、俺に攻撃した、そのパケットの、中にゲームマスターの、本当の「住所」が、隠されているはずだ!』
それは、あまりにも危険な賭けだった。
だが、冴木の直感は、確信していた。
ゲームマスターは、全てのプレイヤーを、監視している。ならば、プレイヤー同士の、通信に必ず、その「視線」の痕跡が、残るはずだ、と。
シャドーは、冴木のその、狂気じみた捜査を、ただ、忠実に実行した。
サーバーの膨大なログの中から、たった一つの、真実を見つけ出すために。




