第六十二章『リアル・アカウント』
その日、東京は巨大なゲーム盤となった。人々は、知らず知らずのうちに、危険なゲームの「駒」に、させられていた。
デジタル探偵シャドー:第六十二章『リアル・アカウント』
2025年7月31日、木曜日、午後11時59分。
その、ARゲーム『The World』は、もはや社会現象だった。
スマートフォンを、街にかざせば、いつもの風景が、モンスターやアイテムが、溢れるファンタジー世界へと変わる。
若者たちは、その仮想の冒険に、熱狂していた。
異変が始まったのは、一週間ほど前から。
運営者とは、別の何者か。
『ゲームマスター』と名乗る、謎の存在が、突如として神出鬼没の「ゲリラ・クエスト」を発令し始めたのだ。
深夜の渋谷。
一人の大学生が、スマホの画面を見つめて、ゴクリと唾を飲んだ。
彼の目の前に、ARで表示されたクエスト・ウィンドウ。
【緊急ゲリラ・クエスト発生!】
クエスト内容:目の前のコンビニで、特定銘柄の、エナジードリンクを、1本万引きせよ。
成功報酬: 10,000ポイント + レアアイテム『ステルス・マント』
失敗ペナルティ: アカウントの、永久凍結
「…マジかよ…」
10,000ポイントは、破格の報酬だった。そして、何よりもスリルがあった。
彼は、ほんの少しだけ迷った後、フードを深く被ると、コンビニの自動ドアへと吸い込まれていった…。
翌朝。
警視庁の、冴木のデスクには、一枚の奇妙な報告書が置かれていた。
「都内各所で、昨夜未成年者による、同一銘柄の、エナジードリンクの、万引きが同時多発的に発生。動機はいずれも、『ゲーム感覚だった』と…」
「…ゲーム、か」
冴木の、直感が疼いていた。
これは、ただの悪質な、悪戯ではない。
その、向こう側にいる、たった一人の人間の、歪んだ「意志」を、感じていた。
彼は、シャドーへと、アクセスした。
冴木: 『シャドー。昨夜、都内で発生した、同時多発的な、万引き事件。被疑者の少年少女、全員の、デジタル・アカウントを、徹底的に洗え。共通項を、探し出すんだ』
シャドー: 『…了解。プロファイリングを、開始します』
数分後。シャドーはただ一つの、そして決定的な、答えを導き出した。
シャドー: 『…全員に、共通項が、一つだけ存在します。
彼らは、全員ARゲーム『The World』の、ヘビープレイヤーです。
そして、その全員が、昨夜謎の、ゲリラ・クエストを、受信していました』
冴木は、静かに頷いた。
やはり、そうか。
これは、もう、少年犯罪ではない。
ゲームという、皮を、被った、「無差別、遠隔、教唆事件」だ。
そして、その教唆犯こそが、この世界のどこかで、高みの見物を決め込んでいる、『ゲームマスター』。
「…面白いゲームを、始めてくれたじゃないか」
冴木は、不敵に笑うと、スマートフォンに、『The World』のアプリを、インストールした。
「受けて、立ってやるよ。お前のその、クソみたいなゲーム」
刑事・冴木閃が、一人の「プレイヤー」として、危険なゲームの、世界へとログインする。




