第六十章『サブリミナル・メッセージ』
デジタル探偵シャドー:第六十章『サブリミナル・メッセージ』
2025年7月30日、水曜日、午前3時30分。
狂気のテレビジャックは、すでに4時間以上続いていた。
警視庁の対策本部も、ほとんどの職員が、疲労の色を隠せない。
だが冴木だけは、まるで何かに取り憑かれたかのように、その「番組」を一瞬たりとも、見逃すまいと、画面に食らいついていた。
(…もうすぐ、終わる)
彼の直感が、告げていた。
どんな、番組にも必ず、終わりは来る。
そして、この伝説のディレクターは、その「終わり方」にこそ、最大の美学を、持っているはずだ、と。
やがて、画面の中のドタバタ劇が終わりを告げ、全ての出演者がステージに集まる、感動的な(ように、演出された)、フィナーレが、始まった。
紙吹雪が舞い、チープなバラードが流れる。
そして、画面には膨大な量の、スタッフの名前が、エンドロールとして流れ始めた。
「…これか」
冴木は、身を乗り出した。
他の刑事たちが、皆、番組の終わりを安堵の表情で見ている中、彼はそのエンドロールの異常さに、気づいていた。
名前の数が、多すぎる。そして、その名前のどれもが、どこか古風でありえない名前ばかりだ。
冴木: 『シャドー、今流れているエンドロール。このスタッフリストを、全てスキャンしろ。一見無意味な名前の羅列に見える。だが、これは暗号だ』
シャドー: 『…了解。テキストデータの、暗号解読を、開始します』
冴木: 『名前の頭文字か、あるいは特定の漢字か…。何らかの、法則性があるはずだ。奴からの、最後のメッセージを解読しろ』
シャドーが、猛烈な速度で、パターンを解析していく。
そして、エンドロールが、終わりを迎える、まさに、その瞬間だった。
シャドー: 『…解読、完了。古典的な縦読みの手法です。各名前の三文字目の漢字を、繋ぎ合わせると、一つの文章になります』
画面に、その解読されたメッセージが、表示された。
『我が、青春のテレビよ、永遠なれ。最後のスタジオは、夢の跡地。川崎、旧生田スタジオ』
旧生田スタジオ。
かつて、数々の名作ドラマや、特撮ヒーローを生み出した、伝説のテレビスタジオ。
今はもう、閉鎖され、廃墟となっているはずの、場所。
そこが、彼の聖地。そして、この壮大な放送を行った、秘密基地。
メッセージが、表示されると同時に、PCの画面は、元の『StreamVerse』のトップページへと、戻っていた。
狂乱の一夜は、終わったのだ。
だが、冴木は静かに、立ち上がった。
「場所は川崎、旧生田スタジオだ。行くぞ」
彼は部下たちに、短い指令を出す。
「…テレビの、夢の、跡地へ。最終回の収録だ」




