第五十九章『演出家の指紋』
デジタル探偵シャドー:第五十九章『演出家の指紋』
2025年7月29日、火曜日、午後11時34分。
『ザ・テレビマンショー』と、名付けられた狂気の放送は、まだ続いていた。
SNS上では、阿鼻叫喚の渦が巻いている。
「#俺たちのStreamVerseを返せ」
という、若者たちの悲痛なハッシュタグ。
それとは、対照的に「#テレビマンショー面白い」という、中年以上の世代の懐古的なつぶやき。
日本は、一つのテレビ番組によって世代間で、完璧に分断されていた。
警視庁の冴木のデスクで。
シャドーの、解析が完了した。
シャドー: 『まず、ハッキングの手口について。これは、外部からの攻撃ではありません。数週間前に、StreamVerse社の内部サーバーに仕掛けられた、トロイの木馬型の時限式プログラムです。犯人は、内部に協力者がいるか、あるいは極めて高度な、ソーシャル・エンジニアリングで、内部に侵入した可能性があります』
「…なるほどな。用意周到というわけか」
だが、冴木が本当に待っていたのは、次の報告だった。
シャドー: 『次に、「演出家の指紋」の、照合が、完了しました』
ウィンドウに、グラフが表示される。カメラのカット割りの平均秒数、笑い声のSEが入るタイミング、テロップのフォント…。
シャドーは、番組のあらゆる「演出」をデータ化し、過去の放送ライブラリと照合したのだ。
シャドー: 『…99.8%の確率で一致する演出家が、一人存在します。
氏名:金城 大悟
経歴:80年代から、90年代にかけて、数々の高視聴率バラエティ番組を手掛けた、伝説のテレビディレクター。「笑いの魔術師」の異名を取りました。
特記事項:15年前に、局との対立をきっかけに、全ての番組を降板。テレビ業界から、完全に引退しています』
「…ビンゴだ」
冴木は、モニターに映し出された、若き日の金城大悟の写真を、睨みつけた。エネルギッシュで、自信に満ち溢れた、その眼差し。
彼こそが、この狂った番組の指揮者。
冴木: 『シャドー、金城大悟の、現在の居場所を、特定しろ』
冴木は、勝利を、確信していた。
だが、シャドーから返ってきたのは、予想外の答えだった。
シャドー: 『…特定、不能です』
冴木: 『なんだと?』
シャドー: 『彼は、15年前に引退した後、公の、記録から、完全に姿を消しています。住民票、納税記録、医療記録…その全てが停止している。…まるで、テレビ番組の、最終回のように』
伝説の、ディレクターは、自らの人生の第二章を、誰にも知られずに生きていたのだ。
そして今、この一夜限りの「特番」で、復活を遂げた。
冴木は、再びPCの画面に、目を戻した。
まだ、狂ったように笑い続ける、バラエティ番組。
その、画面のどこかに、このゴーストとなった演出家からの、次なる「メッセージ」が、隠されているはずだ。
冴木は、この長すぎる「テレビ番組」を、最後まで見届けることを、決意した。




