第五十六章『二つのリスト』
デジタル探偵シャドー:第五十六章『二つのリスト』
2025年8月27日、月曜日、午後8時55分。
あの、東京が星空を取り戻した、魔法のような一夜から、二週間が経過した。
世間のロマンチックな興奮は、徐々に冷め。今、捜査本部にのしかかっているのは
「国家の安全神話を、根底から覆した史上最悪の、インフラテロ」
という、冷たい現実だった。
「…依然として、犯人の痕跡はゼロです」
合同捜査会議で、サイバー犯罪対策課のエースが、悔しそうに報告する。
「犯人が電力網に仕掛けた、プログラムは犯行後、自己消滅しています。あれは、まるで幽霊です。我々は実体のない、影と戦っているようなものです」
会議室に、重苦しい沈黙が落ちる。
その中で、冴木は一人、別のことを考えていた。
(…幽霊の正体は、わかっている)
彼は、会議が終わるのを待つと、一人自席に戻りシャドーへとアクセスした。
冴木: 『シャドー、捜査方針を変更する。ハッカーを探すな。天文学者を探せ』
シャドー: 『…指令の、意図を確認します』
冴木: 『犯行は、ペルセウス座流星群の夜に行われた。これは偶然ではない。そしてあれほど、精密に都市の光を選別して消せるのは、電力系統を知り尽くした、内部の人間だけだ。二つのリストを作成しろ』
冴木: 『リストA:過去20年間の、日本の電力系統の設計や保守に関わった、全ての技術者コンサルタント』
冴木: 『リストB:国内の全ての天文学会、大学の天文サークル、アマチュア天文家団体の会員名簿』
冴木: 『そして、その二つのリストを、クロスチェックしろ。AとB、両方に名前が存在する人物を、探し出すんだ』
それは、あまりにも無謀で、しかし的確な、捜査だった。
技術者の「知性」と、星を愛する者の「感性」。
その二つを併せ持つ人物こそが、『星見』なのだ、と。
シャドー: 『…了解。二つの世界の交点を、検索します』
シャドーのウィンドウに、膨大な二つのリストが表示され、猛烈な速度で照合がかかっていく。
そして、数分後。
たった一つの名前だけが、画面に残った。
表示された情報:
・氏名: 天沢 朔
・経歴: 元・大手電力会社の、天才的なシステムエンジニア。10年前の東京の、スマートグリッド計画の中心人物だった。
・特記事項: 熱心なアマチュア天文家でもある。彼は計画当時「光害を抑制し、天体観測のイベント時には、街の光量を落とす『星空モード』」の導入を、強く提案したがコスト面から却下され、それをきっかけに会社を、退職している。
「…ビンゴだ」
冴木は、静かに呟いた。
自らが作った最新鋭の送電網。それが、皮肉にも東京から星空を、奪う結果になった。
彼は、自らが生み出した「怪物」を、自らの手で眠らせることで、その罪を償おうとしたのだ。
冴木: 『天沢朔の、現在の居場所を特定しろ』
シャドー: 『…退職後、彼は全てのデジタルな、記録から、姿を消しています。ですが…』
冴木: 『なんだ?』
シャドー: 『彼が、所有する山梨県の山荘の、電気使用量だけが、今もアクティブです。そこは、日本で最も光害が、少なく「星が、綺麗に見える場所」として、有名です』
冴木は、立ち上がった。
星を、愛しすぎた、天才。
その、静かなる、聖域へと、向かうために。
物語は、いよいよ、終着点へと、近づいていた。




