第五十三章『開発計画の亡霊』
デジタル探偵シャドー:第五十三章『開発計画の亡霊』
2025年7月27日、日曜日、午前7時27分。
日曜の朝。警視庁の冴木のデスクだけが、煌々と、明かりが灯っていた。
モニターには、これまでに『光のゲリラ』が、映し出してきた、数々の美しい写真が、並べられている。
朝の木漏れ日。錆びたブランコ。静かな水面。そして、燃えるような夕陽。
(…何かが、共通している)
冴木は、その全ての写真の中に、通底するある種の「視線」を、感じ取っていた。
それは、常にどこか「遠くから何かを懐かしむ」ような、切ない視線。
その時、シャドーからのメッセージが、届いた。
数日間に及んだ、膨大な画像解析が、ついに結論に達したのだ。
シャドー: 『…冴木。全写真データの、地理情報を、統合分析した結果、全ての撮影場所が半径2km圏内に、集中していることが判明しました』
冴木: 『…! 場所はどこだ?』
シャドー: 『多摩地区です。…奇妙なことに、そのエリアは、かつて大規模な再開発計画が、持ち上がり、そして、中止になった過去があります』
その一文を読んだ瞬間、冴木の脳内で、全てが繋がった。
犯人が、写真に込めた「切ない視線」。
その正体は、自らが愛する風景が失われるかもしれなかった、という「喪失の記憶」だったのだ。
彼は、ただ美しい風景を、見せているのではない。
「もしあの時、開発が進んでいたら、この美しい光景は失われていたのだ」
という、無言のメッセージを、東京中に突き付けていたのだ。
冴木: 『シャドー、その中止になった再開発計画の全貌を調べろ。特に、計画に反対していた住民、活動家のリストを作成。その中に写真家、あるいは映像関係の技術者はいるか?』
シャドーが、市の開発計画の、アーカイブへと、潜っていく。
数分後。
シャドー: 『…特定しました。反対運動の中心人物だった一人の男が、あなたの条件に合致します。
氏名:森 麟太郎
経歴:元・ドキュメンタリー映像作家。10年前に、仕事を引退。再開発計画が持ち上がった、多摩地区のその場所に移り住み反対運動を主導。計画が白紙になった後も、その土地の自然を守る活動を続けています』
冴木は、モニターに映し出された、森麟太郎の、顔を見つめた。
そこにいたのは、テロリストとは程遠い、ただ穏やかで、そして強い信念を持った一人の老人の顔だった。
ついに、幻影の、正体を掴んだ。
冴木は、静かに立ち上がった。
この、美しすぎる犯罪者に、会いに行くために。
彼の守りたかった、その「聖域」へと足を踏み入れるために。




