第五十二章『光のゲリラ』
デジタル探偵シャドー:第五十二章『光のゲリラ』
2025年7月27日、日曜日、午前7時17分。
その「事件」は、あまりにも静かで、そして美しく、始まった。
日曜の朝、まだ人影もまばらな渋谷の、スクランブル交差点。
けたたましい、広告映像を、流していたはずの、全ての大型ビジョンが、突如として沈黙した。
そしてそこに、一斉に映し出されたのは、一枚の息を呑むほど、美しい風景写真だった。
木々の緑の隙間から、柔らかな太陽の光が、溢れている。音声はない。ただ静かな光景が、そこにあるだけ。
その奇妙で美しい光景は、数時間後何事もなかったかのように、元の広告映像へと、戻った。
翌日には、新宿の巨大スクリーンに、夏草と青空を背景にした、錆びたブランコの写真が。
その、次の日には、銀座のショーウィンドウに、木々の影が映り込む、静かな水面の写真が、現れた。
犯行声明は、一切ない。ただ、美しい写真をゲリラ的に、表示しては消えるだけ。
世間は、その神出鬼没の犯人を、敬意と親しみを込めて、こう呼び始めた。
『光のゲリラ』、と。
広告代理店やスクリーンを管理する企業からは、当然被害届が提出された。
しかし、世論はこの美しい「テロ」を、むしろ歓迎する、ムードさえあったのだ。
「…また面倒な、芸術家先生のお出まし、か」
警視庁の自席で、事件の報告書を、眺めていた冴木は、静かに呟いた。
だが、スクリーンに映し出されたという写真を見た瞬間。彼のその皮肉)は、感嘆へと変わった。
(…なんだ、この、光は)
それは、ただ美しいだけの、写真ではなかった。
撮影者の、被写体への深い「愛」と、この世界の美しさを、誰かと「共有したい」という、切実な「祈り」のようなものが、そこには写っていた。
彼の直感が、告げていた。
これは、これまでのどの思想犯とも、違う。
もっと純粋で、そしてもっと哀しい魂の、持ち主だ、と。
彼は、シャドーへと、アクセスした。
冴木:『シャドー。世間を騒がせている、『光のゲリラ』の件だ。ハッキングの、痕跡を追うのは、おそらく無駄だろう。相手は、毎日違うルートを使っている』
シャドー:『…はい。その、可能性は、極めて、高いと、思われます』
冴木: 『だから、発想を変える。ハッカーを追うな。写真家を追え。この写真の中にいる、魂の持ち主を、探し出すんだ』
冴木とシャドーの、最も美しく、そして最も静かな捜査が、今静かに始まった。




