表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二の事件:『鏡の中のストーカー』篇
5/25

第五章「計算された空白」


デジタル探偵シャドー:第五章「計算された空白」


冴木: 『10年前の東都大学。心理学部の在籍者リスト。特に、俺が提出したレポートを…閲覧できる可能性があった人間を洗い出してくれ』


冴木が送信したのは、犯人特定への最短距離を狙った、刑事としての正攻法だった。だが、シャドーから返ってきた応答は、彼の期待を無情に裏切るものだった。


シャドー: 『要求されたデータセットは、現在提示する情報群に対して、解決への寄与率が低いと判断。代替情報を提示します』


ウィンドウに、箇条書きのリストが機械的に表示された。

・項目1: 10年前の、特定の3日間の気象データ(東京)。快晴、のち曇り。平均湿度65%。

・項目2: 当時、大学周辺で流行していたインディーズバンドの楽曲リスト3曲。

・項目3: 安藤教授の研究室で利用されていたコーヒー豆の銘柄と、当時の仕入れ先である喫茶店の店主の氏名。

・項目4: 冴木が当時所属していたゼミの、図書館からの貸出図書リスト上位5冊。


「……は?」


冴木は、思わず声を漏らした。なんだ、このガラクタの山は。気象データ?音楽?コーヒー豆?ふざけているのか。こちらの要求を「寄与率が低い」と切り捨てておきながら、提示してきたのが、この意味不明な情報の羅列。


冴木: 『なんだこれは。要求したデータを出せ』

シャドー: 『提示した情報群が、現時点での最適解です』


返信は、それだけだった。まるで、壊れた自動応答システムと対話しているかのようだ。冴木は舌打ちし、PCを閉じた。シャドーは使えない。今回は、自分の足と頭、そして、今は霧がかっている直感だけが頼りだ。


その夜、冴木は眠れずにいた。苛立ちと焦りが、思考を空回りさせる。彼はベッドから起き上がると、シャドウが提示したガラクタのリストを、もう一度眺めてみた。


(気象データ…あの日は確か、やけに蒸し暑かった…)

(この曲…学園祭で、誰かが下手な演奏をしていたな…)

(このコーヒーの匂い…安藤先生の研究室は、いつもこの匂いがした…)

(この本…ああ、そうだ。この本を巡って、アイツと口論になった…)


その瞬間だった。

バラバラだった情報の断片が、冴木の脳内で一つの像を結び始めた。それは、論理的な繋がりではない。匂い、音、肌で感じた湿度、本の手触り。シャドーが提示したデータは、冴木の「記憶の保管庫」の扉を開けるための、無機質な鍵の束だったのだ。


シャドーは、冴木に犯人の名前を教える代わりに、冴木自身も忘れていた過去の「情景」そのものを、データとして叩きつけた。


そして、複数の情景が重なり合う中心に、一人の人間の姿が、ゆっくりと浮かび上がってきた。

いつも穏やかに笑っていた、顔。


議論になると、決して自説を曲げなかった、頑固さ。

そして、冴木の才能を、誰よりも近くで見ていた、あの目。


冴木は、息を呑んだ。

信じられない、という思いと、なぜ今まで気づかなかったんだ、という納得感が、同時に全身を駆け巡る。


犯人の正体は、10年前の学生リストの中にはいない。

なぜなら、その人物は、リストを「閲覧する側」ではなく、「管理する側」の人間だったからだ。


シャドーの狙い通り、冴木の超直感のパフォーマンスは、極限のストレスと、過去の記憶のフラッシュバックによって、強制的に最高レベルまで引き上げられていた。


冴木はコートを掴むと、深夜の街へと飛び出した。目的地は、一つしかない。

シャドーが示したガラクタのリストの項目3。


『安藤教授の研究室で利用されていたコーヒー豆の銘柄と、当時の仕入れ先である喫茶店の店主の氏名』


あの時、研究室でコーヒーを淹れてくれていたのは、いつも、あの人だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ