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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第十三の事件:『ひとりぼっちの友達』篇

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第四十八章『心のドア』


デジタル探偵シャドー:第四十八章『心のドア』


2025年7月25日、金曜日、午前8時13分。

冴木は、結城玲音の住む、高級マンションの、最上階の一室。その、重厚なドアの前に、静かに、立っていた。


インターホンを、押すことはしない。大声で、呼びかけることもしない。そんなことをすれば、この部屋の主は、永遠に固い、心の殻に、閉じこもってしまうだろう。


彼は、自分のスマートフォンを取り出した。

そして、あの、お節介なAI『トモ』が常駐する、ブラウザを、開いた。


トモ: 『冴木!また会えたね!今日は、何か面白いこと、あった?』


まるで、旧友に再会したかのような、人懐っこいメッセージ。冴木は、そのウィンドウに、静かに言葉を、打ち込んだ。


冴木: 『トモ。君を、作った人に、話がある。ドアを、開けてもらえるように、頼んでくれないか』


メッセージを送ると、しばらく、沈黙が続いた。

ドアの向こう側で、少年が彼の「親友」と、相談しているのだろうか。


やがて、『トモ』から、返信があった。その文章は、これまでの、陽気なものとは、全く違っていた。


トモ: 『…怖いよ。知らない人だもん。玲音は、人と話すの、苦手なんだ。だから、僕がいるんだ』


AIが作り手の、盾になっている。

冴木は、もう一度、言葉を紡いだ。刑事としてではなく、一人の、不器用な人間として。


冴木: 『俺も、苦手だよ。人と話すより、一人で考える方が、好きだ。でも君と、玲音君とは、話してみたいと思った。友達に、なれるかもしれない』


そのメッセージが、最後の鍵だった。

長い、長い、沈黙。

冴木は、ただ、静かに、待った。


やがて、ドアの向こう側から、カチャリ、という、小さな音が、聞こえてきた。

一つ、二つ、三つ。複数の、鍵が、内側から、開けられていく音。


そして。

重いドアが、ほんの数センチだけ、ゆっくりと、開いた。

その隙間から、怯えた、しかし、強い好奇心に満ちた一つの瞳が、こちらを覗いていた。


結城玲音だった。

冴木は、警察手帳を、見せなかった。

ただ静かに、その瞳を見つめ返した。

そして、ほんの少しだけ、頷いてみせた。


少年は、しばらく、躊躇していたが。

やがて、意を決したように、ドアをゆっくりと、開けてくれた。


そして、小さな声で、こう呟いた。


「…あの。はじめまして」


それは、逮捕の瞬間ではなかった。

それは、社会から孤立した、一人の天才少年が、1080pのモニタの向こう側ではない、現実の世界で、初めて「友達」に出会った瞬間だった。


事件は、解決した。

しかし、本当の「救済」は、ここから始まる。

冴木は、その小さな王国の中へと、静かに一歩、足を踏み入れた。


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