第四十三章『魂の一枚』
デジタル探偵シャドー:第四十三章『魂の一枚』
シャドーが、天文学的な規模の、画像スキャンを開始してから、すでに、数時間が経過していた。
深夜の捜査本部で、冴木は一人、静かにその時を待っていた。
モニターには、日本各地の、美しい風景写真が、凄まじい速度で表示され、消えていく。
それは、まるで失われゆく、日本の自然の、記憶そのものを見ているかのようだった。
そして、午前3時過ぎ。
それまで、高速で動き続けていた、モニターの表示が、不意に止まった。
シャドー: 『…発見しました』
画面が、二分割される。
左には、山梨のメガソーラーを、上空から撮影した、無機質な衛星写真。黒いパネルで描かれた、山の風景画。
そして、右側。
そこに表示されたのは、一枚の、息を呑むほど、美しい風景写真だった。
朝靄の中、木々の葉の一枚一枚が、朝日に輝き、生命の喜びに満ち溢れている。それは、メガソーラーに描かれた「絵」と、寸分違わぬ構図。
しかし、そこには、モノクロの衛星写真にはない、圧倒的なまでの「色彩」と「魂」が、宿っていた。
シャドー: 『この写真は、12年前に、一個人のブログに、投稿されたものです。ブログのタイトルは、「刹那の光景」。持ち主は…』
ウィンドウに、一人の男のプロフィールが、表示された。
表示された情報:
・氏名: 桐生 瞬
・経歴: 風景写真家。商業写真を一切撮らず、ただひたすらに、日本の失われゆく自然の「一瞬の光」だけを、撮り続けた。その作品は、一部で、熱狂的な評価を得ていた。
・特記事項: 5年前、ブログの更新を、突然停止。全てのSNSアカウントも削除され、それ以来、完全に消息不明。彼が、最後にブログに投稿した言葉は、「私の愛した森が、偽りの太陽に、殺される」だった。
「…ビンゴだ」
冴木は、桐生瞬の写真に写る、穏やかな、しかし、強い意志を感じさせる、その顔を静かに見つめた。
彼こそが、『幻影画家』。
全てが繋がった。
彼は、自らが撮影した、最高の「魂の一枚」を、自らが憎むメガソーラーの上に「幻影」として描き出すことで、その死を、世界に告発したのだ。
冴木: 『桐生瞬の、現在の潜伏先を、特定しろ』
シャドー: 『…彼の、デジタルの足跡は、5年前に、完全に途絶えています。追跡は、不可能』
「…いや、可能だ」
冴木は、シャドーの言葉を、遮った。
「彼の『魂』の足跡が、残っているはずだ」
冴木: 『彼のブログ、「刹那の光景」の、全ての文章を、テキストマイニングしろ。彼が、最も愛した場所。何度も、繰り返し言及している、特別な場所があるはずだ。彼が「聖地」と呼んだ、その場所を探せ』
シャドーが、桐生瞬の、遺した言葉の海へと、再び、潜っていく。
数分後。
シャドー: 『…特定しました。彼が何度も、ブログで「魂の還る場所」と表現していた、一つの場所があります。長野県の、霧ヶ峰高原にある、閉鎖された、古い天文台です』
冴木は、静かに立ち上がった。
天才写真家にして、哀しきテロリスト。
彼が、自らの「聖地」で、一体何をしようとしているのか。
冴木は、コートを羽織ると一人、部屋を出た。
夜明け前の高速道路を、長野へ向けて、車を走らせるために。
幻影との、最後の対話は、もう目前だった。




