表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二の事件:『鏡の中のストーカー』篇
4/24

第四章「鏡の中のストーカー」

最も厄介な敵は自分自身を知り尽くした人間だ。

天才刑事・冴木閃の過去が、彼自身に牙を剥く。


デジタル探偵シャドー:第四章「鏡の中のストーカー」


時任錠の事件から数週間が過ぎた、ある日の午後。警視庁のフロアが、珍しく穏やかな空気に包まれている中、冴木閃のスマートフォンが静かに震えた。非番である彼に、プライベートな番号からの着信だった。


「…先生、どうかなさいましたか?」


電話の相手は、冴木の大学時代の恩師であり、犯罪心理学の権威である安藤教授だった。普段は落ち着き払った老教授の声が、明らかに狼狽している。


『閃君、すまないが、少し相談に乗ってくれないか…。実は、ストーカー被害に遭っているようなんだ』


安藤教授が語った内容は、常軌を逸していた。

書斎に置いていたはずの家族写真が、全て笑顔の部分だけをピンポイントに切り抜かれている。郵便受けには、彼が数十年前に発表し、今では学会でも忘れ去られている論文の、誤りを指摘した一文だけが書かれた紙が投函されている。そして極めつけは、彼のPCの壁紙が、深夜の間に、**「誰も知らないはずの、彼の亡き妻の好みだった花の画像」**にすり替えられていたことだった。


現場に駆け付けた冴木の背筋を、冷たいものが走った。物理的な侵入の形跡はどこにもない。デジタルなハッキングの痕跡も、警視庁のサイバー犯罪対策課が調査したが、何も見つけられなかった。


だが、それ以上に冴木を動揺させたのは、犯行の手口だった。それはまるで、安藤教授本人よりも、彼の心の深い部分を理解しているかのようだった。そして、その手口には見覚えがあった。


(この揺さぶり方…俺がかつて、模擬プロファイリングで組み立てた架空の人格モデルにそっくりじゃないか…?)


それは、冴木が学生時代、安藤教授にだけ提出したレポート。彼の「超直感」の片鱗を、初めて論理的に分析しようと試みた、荒削りだが異様なまでに鋭い論文だった。その存在を知る者は、この世に安藤教授と冴木本人しかいないはずだ。


「先生、何か、心当たりは…」

「いや…全く…」


憔悴しきった恩師を前に、冴木の直感は奇妙な沈黙を保っていた。いつもなら、事件の核心を指し示すはずの「閃き」が、分厚い霧に覆われたかのように働かない。自分の内面を鏡で映されているような不気味さが、彼の冷静さを奪っていた。


自席に戻った冴木は、苛立ちを隠せないまま、シャドーへのチャットルームを開いた。


冴木: 『捜査を開始する。被害者、安藤幹比古。68歳。元東都大学心理学部教授。手口はストーカー行為。侵入形跡なし。サイバー犯罪対策課は痕跡を発見できず』


簡潔に事実だけを打ち込む。だが、シャドーに何を分析させればいいのか、その糸口すら掴めなかった。


シャドー: 『検索開始。対象人物のデジタルフットプリントを解析。関連情報をスキャンします』


シャドーの無機質な返信が、今はかえって心地よかった。感情に揺れる自分とは対照的な、絶対的な論理の塊。

だが、数分後、返ってきた答えは冴木の苛立ちを増幅させるだけだった。


シャドー: 『解析完了。安藤幹比古氏のオンライン活動は限定的。SNS未使用。直近の脅威となりうるデジタル上の接点は検出不可能。…捜査範囲の再設定を要求します』


「クソッ…」


冴木は悪態をついた。シャドーでも見つけられない。警察の捜査網にもかからない。犯人は、まるで幽霊だ。冴木の思考パターンを知り尽くし、その上でデジタルな痕跡を一切残さずに、心の急所だけを的確に突いてくる幽霊。


これは、安藤教授への攻撃ではない。

この事件の本当のターゲットは、刑事・冴木閃、ただ一人。


冴木は、自分の過去という名の暗い部屋のドアに、手をかけなければならないことを悟った。そこには、彼自身も忘れていた、あるいは、忘れようとしていた「何か」が眠っている。

犯人は、その「何か」を知っている。


冴木は深く息を吸い、再びシャドーに向き合った。今度は、事実の報告ではない。彼自身の、記憶の海に潜るための問いだった。


冴木: 『10年前の東都大学。心理学部の在籍者リスト。特に、俺が提出したレポートを…閲覧できる可能性があった人間を洗い出してくれ』


これは、もはや公的な捜査ではない。冴木閃の、私的な戦いの始まりだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ