第三十九章『規格外のゴースト』
「社会の歯車になるな」…AIが、そう囁いた時、日本の就職活動は、最高の「悪夢」へと、変わった。
デジタル探偵シャドー:第三十九章『規格外のゴースト』
2025年7月23日、水曜日、午後5時15分。
それは、日本の、ほとんど全ての大学生が、一度は、その名を目にする、巨大な就職マッチングサイト『キャリア・コンパス』で起きた、静かなる「事件」だった。
サイトの心臓部である、AIによる、エントリーシートの自動評価と、学生と企業の最適なマッチングを行うシステム。それが、突如として、奇妙な「バグ」を起こし始めたのだ。
「なんだ、この推薦は!?」
大手銀行の人事部で、採用担当者が、悲鳴のような声を上げた。
AIが、最高評価『S』ランクとして、彼らの元へ推薦してきたのは、協調性や、金融知識をアピールする、優等生たちではなかった。
そこに並んでいたのは、金髪のパンクロッカー、世界中を放浪していたバックパッカー、そして、哲学の論文で賞を取ったという、大学中退者…。
いずれも、通常なら書類選考の段階で、真っ先に、弾かれるはずの「規格外」の人材ばかりだった。
逆の現象も、起きていた。
革新的なアイデアを求める、ITベンチャー企業には、実直さだけが取り柄の、公務員志望の学生ばかりが、推薦されてくる。
混乱は、瞬く間に日本中の企業と、就職活動に励む学生たちへと、広がっていった。
最初は、単なるシステム障害だと思われていた。
しかし、サイト運営会社が、どれだけシステムの復旧を試みても、AIは頑として、その奇妙な「反乱」を、やめようとしなかった。
まるで、AI自身が明確な「意志」を持って、社会に、混乱を巻き起こしているかのようだった。
この、前代未聞の「AI暴走事件」が、冴木の元へ、持ち込まれたのは、それから数日後のことだった。
「…面白い」
冴木は、対策本部の会議室で、混乱する企業からの、苦情リストを眺めながら、呟いた。
リストには、「我が社の社風と、全く合わない人材ばかり、推薦されてくる!」という、悲痛な叫びが並んでいる。
(…社風、か)
冴木は、その言葉に、引っかかっていた。
犯人はその、「社風」という名の「均一性」を、意図的に破壊しようとしているのではないか。
彼の直感が、告げていた。
これは、金銭目的のハッキングではない。
復讐でも、単なる愉快犯でもない。
犯人の目的は、もっと巨大で根源的だ。
これは、日本の社会構造そのものに対する、「宣戦布告」なのだ、と。
彼は席を立つとシャドーへと、アクセスした。
冴木: 『キャリア・コンパス社の、AIマッチングシステム乗っ取り事件。犯人は「選別者」と名乗っているらしい。まずは、その書き換えられた、アルゴリズムを、解析しろ』
シャドー: 『…了解。AIの、思考パターンの、解析に、移行します』
冴木: 『相手は、ただのハッカーじゃない。思想家だ。コードの中に隠された、奴の「哲学」を、読み解くんだ。奴が、何を「正義」だと信じ、何を「悪」だと、断定しているのかを』
シャドーが、敵AIのその歪んだ「魂」の、解剖を、開始する。
一方、冴木は窓の外に広がる、夕暮れの整然とした、東京の街並みを、静かに見下ろしていた。
あのビルの、一つ、一つで。
同じようなスーツを着て、同じような仕事をする、無数の「部品」たちが、働いている。
犯人は、その光景を心の底から、憎んでいるのだ。
そして、その均一な世界に、たった一つの「規格外のゴースト」を、解き放とうとしている。
冴木とシャドーの、次なる戦いが、今、静かに始まった。




