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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第七の事件:『贋作師はチェスを指すか』篇

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第二十六章『盤上のプロデューサー』


デジタル探偵シャドー:第二十六章『盤上のプロデューサー』


医療刑務所の面会室。

アクリル板の向こう側に、時任錠が、楽しげな表情で座っている。まるで、冴木が来るのを、ずっと待っていたかのように。


「また会いに来てくれるとは、退屈せずに済むよ、刑事さん。して、今度の芸術家は、どんな『作品』を、世に問うてきたのかね?」

「あなたに、批評していただきたくて」


冴木は、冷静に『贋作師』の事件の概要を説明した。完璧な模写、消えたオリジナル、そして、「本物と偽物の価値」を問う、哲学的な犯行声明。


時任は、実に楽しそうに、頷きながら聞いている。

一通り聞き終えると、彼は、チェスの名人が次の手を考えるように、少しだけ沈黙した。


「…ほう、贋作師、かね。面白い。確かに、美しい問いかけだ。だが、刑事さん。その犯人は、根本的な過ちを犯しているよ」

「過ち、ですか?」

「ああ」


時任は、断言した。


「彼は、『偽物』の美学を語っているつもりだろうが、その実、誰よりも『本物』に執着している。考えてもみたまえ。取るに足らない画家の絵では、この問いは成立しない。誰もが知る、黒田清輝の『湖畔』という、絶対的な『本物』があって初めて、彼の『完璧な偽物』は、意味を持つ」


時任の言葉が、冴木の思考を、鋭く切り開いていく。


「この犯人は、黒田清輝という天才に憧れ、嫉妬し、そして憎んでいる。彼を乗り越えたい、彼と一体化したい、という歪んだ愛情の持ち主だ。贋作とはラブレターだよ、刑事さん。歴史上、最も情熱的で、最も屈折したラブレターだ」

「…つまり?」

「犯人を探すのは、簡単だ」


時任は、言い切った。


「黒田清輝の、最も熱心な研究家を探せばいい。あるいは、彼の才能に嫉妬して、筆を折った、元弟子のリストでも洗ってみることだ。答えは、必ず、そこにある」


呆気ない助言。

冴木の頭の中に、捜査の光が見えた。

だが時任は、それで終わりにはしなかった。

彼は、満足そうに微笑むと、最後にこう付け加えたのだ。


「それにしても、その犯行声明…どこかで聞いたような、美しい言い回しだ。まるで、誰かが『添削』でもしてやったかのように、洗練されている。君は、そうは思わないかね?」


その瞬間、冴木の背筋を、冷たいものが走った。

添削…?

まさか。

この男は、事件の批評をしているだけでは、ないのか?


冴木が、愕然として時任の顔を見る。

時任錠は、ただ静かに、そして、全ての真相を楽しんでいるかのように、満足げに、ニンマリと、微笑んでいた。


冴木は、気づいてしまった。

自分は批評家に、助言を乞いに来たのではない。

この事件を『プロデュース』した、張本人そのものに、答え合わせを、させられていただけなのだ、と。


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