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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第六の事件:『デジタル・ドッペルゲンガー』篇

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第二十二章『公安の記憶』


デジタル探偵シャドー:第二十二章『公安の記憶』


警視庁本庁舎の、地下深く。


冴木が訪れたのは、自らが所属する捜査一課とは、空気の色からして違う場所だった。

警視庁公安部・外事三課。国際テロや、国内の過激思想団体を専門に扱う、庁内でも特に秘密主義とされる部署だ。


冴木を迎えたのは、狩谷かりやと名乗る、五十代半ばの男だった。鋭い眼光と、何を考えているのか読ませない、古狸のような風格を漂わせている。


「…刑事部の若きエースが、我々『幽霊課』に何の用だね?」


狩谷は、お茶を一口すすると、言った。


「幽霊を、探しておりまして」


冴木は、単刀直入に切り出した。


「10年前に、東都大学を追放された、長谷川乾という男。彼が主宰すると思われる、思想団体を追っています」


狩谷の眉が、僅かに動いた。


「長谷川…懐かしい名前だな。確かに我々も一時期、彼の動向を監視していた。国家転覆を煽りかねない、危険な思想家としてね」

「何か、記録は?」

「デジタルな記録は、ほとんどない。彼は、追放された後、見事にネット上から姿を消したからな。君の背後にいるという、噂の『お化け』でも、追えなかったのではないかね?」


狩谷はシャドーの存在を、どこまで知っているのか、探るような目を向けた。

冴木は、その視線を意に介さず、続けた。


「だから、ここに来たんです。デジタルに残らないなら、あなた方の『記憶』を拝借したい」


狩谷は、しばらく黙って冴木を見つめていたが、やがて重い腰を上げた。


「…ついてきたまえ」


案内されたのは、サーバールームではない。膨大な量の紙のファイルが、うず高く積まれた、巨大な資料保管庫だった。まるで、時代から取り残された、情報の墓場だ。


狩谷は、一つのキャビネットから、黄ばんだファイルを抜き出した。


「『長谷川乾 動向調査報告書』。7年前の記録だ」


ファイルには、公安の協力者エスによる、手書きの報告書や、不鮮明な写真が収められていた。


「我々は、彼が和歌山県の山中にある、小さな集落に身を寄せていることを突き止めた。だがそこは、自給自足の生活を営む、ただの共同体コミューンにしか見えなかった。何の変哲もない。我々は、彼を『牙を抜かれた思想家』と判断し、監視を打ち切った」


冴木は、報告書に添付された一枚の写真に、目を奪われた。

それは、山の分校のような小さな木造の建物の写真だった。建物の前には、質素だが手入れの行き届いた畑が広がっている。

そして写真の隅に小さく、建物の名前が書かれた木の看板が写っていた。


『新生学舎』


「…ここか」

「ただの田舎のコミューンだ。今も、何人かの信奉者と共に、晴耕雨読の生活でも送っているのだろう」


狩谷は、興味なさそうに言った。


「我々が追うべき、脅威ではない」


だが、冴木には、わかっていた。

ここが、『ブランク・キャンバス』の聖地。全ての始まりの場所だ。

彼らはこの静かな山奥で、10年もの間社会への憎悪と歪んだ理想を、静かに、しかし確実に育て上げてきたのだ。


「礼を言います、狩谷さん。幽霊の尻尾が、見えました」


冴木は、ファイルを閉じると、足早に資料室を後にした。

デジタル世界から完全に姿を消した思想家。

シャドーでも追跡不可能な、鉄壁の情報統制。

そして、公安の監視さえも欺いた、完璧な擬態。


だが彼らも、たった一つだけ、消せないものを残していた。

それは人間が、紙の上にインクで記した、「過去」の記憶。


冴木の頭の中では、すでに、和歌山の山中にある「聖地」への突入計画が、組み立てられ始めていた。


ついに、現代のドッペルゲンガーたちの、アジトを突き止めたのだ。


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