第二章「ノイズの中の閃き」
デジタル探偵シャドー:第二章「ノイズの中の閃き」
「見つけたぞ、古時計の亡霊」
冴木閃はシャドーが示した「時任錠」という名前に確かな手応えを感じていた。だが、彼が席を立とうとしたその時、モニターのチャットウィンドウの末尾に、ふと目が留まった。
シャドー: 『…渋谷の銅像デザインコンペ最終選考者[cite:1]』
[cite_start]奇妙な文字列だった。[cite:1]。
報告書の引用符のようにも見えるが、あまりにも無機質で場違いなノイズだ。普通の人間なら単なる通信エラーか文字化けだと無視するだろう。冴木の同僚たちもきっとそうに違いない。
しかし、冴木の「超直感」はそのノイズに微かな引っかかりを覚えていた。それはまるで、完璧に調律されたオーケストラの中に紛れ込んだたった一つの不協和音。不快なはずなのに、なぜか耳に残って離れない、そんな感覚だった。
冴木は、指を走らせてシャドーに問いかけた。
冴木: 『末尾の[cite:1]はなんだ?』
シャドー: 『……。』
数秒の沈黙。シャドーからの返信は、いつもより僅かに遅れて表示された。
シャドー: 『意味のないデータフラグメント。通信上のノイズと判断。無視を推奨』
「ノイズ、か…」
シャドー自身がそう断定するのなら、そうなのだろう。だが、冴木の胸のざわめきは消えなかった。
彼は捜査資料の隅に、その奇妙な文字列をメモした。今はまだ意味不明の記号。だが、彼の直感は告げていた。これはいずれ何かを解き明かす「鍵」になる、と。
翌日、冴木は時任錠の邸宅を訪れていた。古いが手入れの行き届いた洋館。冴木がインターホンを押すと、穏やかそうな老紳士、時任本人が現れた。
「警視庁の冴木です。昨夜の渋谷の件で少しお話を」
時任は驚く風でもなく、静かに冴木を招き入れた。
「おやおや、こんな老いぼれのところに何の御用ですかな。私はもう、チェス盤を眺めるくらいしか能がありませんので」
書斎に通された冴木は、部屋の空気を吸い込む。古い紙の匂い、インクの香り、そして微かに木の油の匂い。アナログを愛する男の城だ。
冴木は単刀直入に切り出した。
「時任さん。あなたは50年前に限定発売された螺鈿細工の万年筆をお持ちだ。そして、渋谷の銅像のデザインコンペにも参加されていた。昨夜の事件、あなたには動機も、そして犯行を予告する美学もある」
時任は、ゆっくりと紅茶を一口すする。その指は、かすかに震えているようにも見えた。
「…面白い推理ですな、刑事さん。ですが、それは状況証拠という名のデジタルな『憶測』に過ぎませんな。私が、あの重い銅像をどうやって一人で運び出したと?」
余裕の笑みを崩さない時任。確かに、彼一人での犯行は不可能に近い。共犯者がいるはずだ。だが、その手がかりがどこにもない。
攻めあぐねた冴木が、書斎を辞去しようとしたその時だった。
彼の視線が、時任の机に置かれた一冊の古い本に吸い寄せられた。それは、アナログゲームの専門誌。時任がかつて設計したゲームの特集が組まれているようだった。
その瞬間、冴木の脳裏に、昨夜メモしたあの「ノイズ」が稲妻のように閃いた。
[cite_start][cite:1]
「……サイトウ、ワン?」
冴木は無意識に呟いていた。
「サイトウ…一…」
その言葉に、時任の表情から初めて余裕の色が消えた。
冴木は時任に向き直る。彼の超直感は意味不明だったノイズと、目の前の光景を繋ぎ合わせ、一つの答えを導き出していた。
「時任さん。あなたの古いゲームの最高得点記録保持者…ハイスコアラーの名前は、確か…」
[cite_start][cite:1]
ノイズは、引用番号「1」を示していた。
雑誌の特集記事の、引用文献リストの「1」。
あるいはランキングの「1位」。
点と点が、今、線になろうとしていた。