第十二章『生存者のリスト』
デジタル探偵シャドー:第十二章『生存者のリスト』
ウィンドウから、デジタルの嵐が急速に消え去っていく。
残り時間は、もうほとんどない。
夥しい数の【DECEASED】の文字が並ぶリストの中で、冴木の目は、たった一つの名前に釘付けになっていた。
『樹 凪』
その名前だけが、何の注釈もなく、ただ静かにそこにあった。
「シャドー!」
冴木は叫んだ。
「樹凪!そいつのデータを、ありったけ引き抜け!サーバーが落ちる前に!」
シャドー: 『…了解!』
シャドーの応答と同時に、ウィンドウの片隅に、凄まじい勢いでデータがダウンロードされていく。
顔写真、最終学歴、テロス社での役職、解散後の、途絶えた足取り。
そして、南米でのブラックアウト事件に関する、当時のニュース記事の見出し。
『悲劇の天才集団』
『テロス社、海外政府から巨額の損害賠償請求』
『帰国したエンジニアたち、相次ぐ謎の死』
記事を数秒でスキャンした冴木は戦慄した。テロス社の悲劇の真相は、単なる倒産ではなかった。南米での事件をきっかけに、彼らは国際的なスキャンダルの渦中の人となり、帰国後も、世間からの激しいバッシングと、見えない圧力に晒され続けたのだ。
リストに並んだ【DECEASED】の文字は、その結果だった。絶望による自死、あるいは、口封じのための不審死。
樹凪は、その地獄を生き延びた、唯一の生存者。
「…そういうことか、『マブイ』…」
沖縄の言葉で「魂」を意味する『マブイ』。
樹凪は、亡くなった仲間たちの魂をその身に宿し、復讐を誓ったのだ。
彼らを死に追いやった、無責任な社会全体に対する、壮大で、あまりにも悲しい復讐を。
ピ、という電子音と共に、シャドーとの接続が途切れた。
デジタル・ストームは、完全に消滅した。
犯人の痕跡は、今度こそ、インターネットの海から完全に消え去った。
だが、冴木の手元には、犯人の「顔」と「物語」が残されていた。
冴木は、ダウンロードされた樹凪の顔写真を睨みつけた。そこに写っていたのは、穏やかで、少し寂しそうに笑う、線の細い青年だった。
「…どこだ。今、どこにいる…」
復讐を遂げた今、彼はどこへ向かう?
警察は、すぐに彼の過去の住所や関係先を洗うだろう。だが、冴木の直感は、そんなありきたりの場所ではないと告げていた。
彼は、シャドーが掻き集めたデータの中から、一枚の写真を選んで拡大した。
それは、テロス社の在りし日の姿。今はもう存在しない、本社ビルの前で、エンジニアたちが笑顔で写っている集合写真だ。
その中心には、仲間たちに囲まれてにかむ、若き日の樹凪がいた。
ここだ。
冴木は確信した。
復讐者にとって、始まりの場所は、終わりの場所でもある。仲間たちとの夢が始まり、そして、その夢が打ち砕かれた場所。
冴木は、受話器を掴むと、特殊部隊の突入班へと直接指令を飛ばした。
「ターゲットを捕捉した。場所は、旧テロス本社ビル。3年前に閉鎖された、港区の廃ビルだ」
電話の向こうで、部下の戸惑う声が聞こえる。
「冴木さん!?なぜ、そんな場所に…確証は?」
「俺の勘だ」
冴木は、それだけ言うと電話を切った。
日本中を震撼させた、顔のないサイバーテロリスト。その終着点は、インターネットの彼方ではない。思い出だけが残る、静かな廃墟だった。




