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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二十八の事件:『鬼の、見る、夢』篇

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第百八章『硝子の城』


デジタル探偵シャドー:第百八章『硝子の城』


夜空を支配した、巨大な鬼の顔が、崩れ落ちると、地上は、一瞬の静寂の後、爆発的な喧騒に包まれた。墜落するドローンの残骸を避けようと、逃げ惑う人々。悲鳴と怒号。そして、遠くからけたたましく響き渡る、サイレンの音。豊橋の夜は、一瞬にして、祝祭から混沌へと、姿を変えた。


冴木は、その混乱の中心でただ一人、冷静だった。緊急警報が、示した『豊橋市美術博物館』は、ここから、目と鼻の先だ。彼は、人の波を、かき分けるようにして、公園の出口へと向かった。


彼の頭の中では、既に事件の、輪郭が浮かび上がっていた。


(街中の視線と、警察のリソースが、全て、この公園に、集中する。警備が最も手薄になる、場所が生まれる。……犯人は、このカオスを、計算し尽くしていた。これは、プロの仕業だ)


彼の耳元のイヤホンから、既に美術館の、サーバーへと、潜行を開始した、シャドーの第一報が、届いた。その声は、珍しく困惑の色を、滲ませていた。


シャドー: 『……冴木。これは……奇妙です。美術館の、セキュリティは、オンライン。当然、私も、リアルタイムで、監視していましたが、異常は、一切、検知しませんでした。今、改めて、ログを、調べていますが…』


言葉が、途切れる。シャドーの、思考が高速で、回転している、証拠だった。


冴木が、美術館の正面玄関に、たどり着いた頃、シャドーの、声が、再び響いた。

シャドー: 『……なるほど。やられました。これは、見事です。犯人は、警報を、切ったのでは、ない。データを、消したのでもない。…データを『上書き』したのです』


美術館の前は、既にパトカーの、赤色灯で、埋め尽くされていた。冴木は、警察手帳を提示し、規制線を、するりと抜けて、館内へと入る。そこには、呆然と立ち尽くす館長と、地元警察の、刑事がいた。


「……ありえん。警報も、鳴らなかった。監視カメラにも、何も…」


地元の刑事が、頭を抱えている。


「刑事さん。その、監視カメラの、映像、もう一度、よく、見てみな」


冴木は、静かに言った。彼の耳には、シャドーからの、詳細なレポートが、届き続けている。


シャドー: (ドローンが、鬼を、描き始めた、午後9時から、5分間。美術館の、全ての、監視カメラの、映像が、完璧な、ループ状態に、なっていました。ほんの、数秒前の「何も、起きていない、映像」を、寸分の、狂いもなく、上書きし続けていたのです。赤外線センサーも、音圧センサーも、全て、同様の、手口で、偽装されています。……データ上、この、美術館は、この5分間、世界で、最も、安全な、場所だったことに、なっています)


冴木は、地元刑事を連れて、国宝『赤鬼面』が、展示されていた、特別展示室へと、向かった。


分厚い、ガラスケースの中は、もぬけの殻だった。

ケースの電子錠にも、こじ開けられた痕跡は、一切ない。


「まるで、幽霊の、仕業だ…」


と、刑事が、呻く。


「幽霊じゃない。デジタルな、幽霊だ」


冴木は、訂正した。


「犯人は、このガラスの城の、全ての神経を、乗っ取り、自分を、完全な『透明人間』にした。我々が、見るべきは、記録された『映像』じゃない。記録されなかった『空白の、5分間』だ」


冴木は、空のガラスケースを見ながら、シャドーに、問いかけた。


冴木: 『シャドー。完璧すぎる偽装工作だ。だが、どんな、完璧なプログラムにも、必ず計算外の、変数が、生まれる。……映像でも、センサーでもない。何か、別のログは、ないか?例えば、館内の空調管理システムとか、職員用の、Wi-Fiの、接続記録とか…』

シャドー: 『……!待って、ください。……一つだけ、ループも、偽装も、されていない、記録が、あります。展示品の、湿度管理のために、壁の、内部に、設置されていた、微弱な、集音マイクの、ログです。これは、セキュリティシステムとは、別の、系統だったため、犯人も、見逃したようです』

冴木: 『……何か、音を、拾っているか?』

シャドー: 『はい。無音の、はずの、展示室で、ほんの、数秒間だけ。……これは……』


シャドーは、その音を解析し、冴木の、イヤホンへと、転送した。


それは、人の声でも、足音でも、機械音でもない。

リーン、という凛としていて、しかし、どこか物悲しい、一つの音。


それは、まるで、古い、仏具の『おりん』を、一つ、澄んだ音色で、鳴らしたかのような、不思議な、音だった。


「……おりん?」


冴木は、眉をひそめた。

なんだ、これは。犯人が残した、メッセージか?それとも、単なるノイズか?


いや違う。あの、空の鬼と、同じだ。

これは、犯人が自らの、美学を示すために、あえて、残した『署名サイン』だ。


デジタル怪盗は、最後にあまりにも、アナログで、そして仏教的な、謎の音色を、残して消えていた。


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