第百三章『空白の、ノート』
『君たちの、言葉を、思い出せ』。完全に、デジタル化された学園を、沈黙させたのは、暴力ではなく、たった一行の、詩的なメッセージだった。
デジタル探偵シャドー:第百三章『空白の、ノート』
2025年10月13日、月曜日、午前8時30分。
豊橋の事件を終え、東京に戻った、冴木の元に、新たな事件の要請が、舞い込んだのは、週末が明けたばかりの、月曜の朝だった。
舞台は国内最高峰の、エリート進学校『私立・慧明学園』。
その朝学園は、静かなパニックに、包まれていた。
生徒たちが教室で、支給された学習用タブレットを開くと、全ての画面が、同じ表示で、固まっていたのだ。
そこにあったのは、美しいCGで描かれた、真っ白なノートの見開き。
そして、羽根ペンがひとりでに動き、流麗な筆記体で、何度も同じ言葉を、綴り続けている。
『君たちの言葉を、思い出せ』
アプリも、教科書も、開けない。再起動も、できない。
生徒と教師を繋ぐ、全てのネットワークが、このたった一つの、詩的なメッセージによって、沈黙させられていた。
理事会は、騒然となった。
各界の著名人や、富裕層の、子息が通う、この学園の、最先端システムが、麻痺させられたのだ。
通常のサイバー犯罪対策課では、手に負えない。理事会のトップダウンで、警視庁の奥の院……冴木閃に、白羽の矢が、立った。
警視庁の自室で、冴木はモニターに、映し出された「空白の、ノート」の画像を、静かに見つめていた。
冴木: 『……シャドー。犯行に使われた、プログラムの解析は、終わったか?』
シャドー: 『はい。非常に、高度な、技術です。OSの、根幹部分に、直接、介入し、表示を、完全に、ロックしています。データを、破壊するでもなく、金銭を、要求するでもない。……これは、明確な、思想犯です』
「……だろうな」
と、冴木は頷いた。
「この、メッセージ。『君たちの言葉を、思い出せ』。まるで、デジタル化された、現代教育への、アンチテーゼだ」
冴木: 『容疑者は、学園の内部に、いると思うか?』
シャドー: 『……可能性は、高いでしょう。ですが、あなた様が、先ほど、おっしゃっていたように、『動機を、持つ、人物』と『実行可能な、技術を、持つ、人物』が、同一とは、限りません』
シャドーもまた、生徒が外部の、プロを雇った、という、可能性を示唆していた。
「……いずれにせよ、だ」
冴木は、立ち上がった。
「机の上で、考えていても、生徒たちの声は、聞こえてこない。……少し早い、二学期といくか。行くぞ、シャドー」
思想犯の、息が潜む、沈黙の学園へ。
デジタル探偵の、新たな捜査が、今始まる。




