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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第二十六の事件:『緑の、マザーボード』篇

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第百章『怪物(モンスター)には、怪物(モンスター)を』


デジタル探偵シャドー:第百章『怪物モンスターには、怪物モンスターを』


2025年10月11日、土曜日、午前7時。


朝日が昇る、ホテルの一室で、冴木は石田蓮の、経歴書を、睨みつけていた。

大学教授、そして、伝説のハッカー。


社会的な地位も、完璧なアリバイも、ある。下手に動けば、こちらの首が、飛ぶ。

相手はこれまでの、どの、犯罪者とも次元が、違う。


(……どう、崩す?この、完璧な布陣を…)


冴木は、思考の袋小路に、迷い込んでいた。

その時、彼の脳裏に、ふと一人の、老紳士の顔が、浮かんだ。


自らの犯行を、チェスに例え、優雅に警察を、翻弄した、あの男。

そうだ。この盤面を、読み解けるのは、同じレベルの、プレイヤーしかいない。


「……シャドー」

シャドー: 『…はい』

「至急、東京に戻る。……そして、東京拘置所に、特別面会の、手配をしろ。客の名前は……時任錠だ」


同日、午後4時13分。東京拘置所・特別面会室。

分厚いアクリル板の向こう側で、時任錠は静かに、本を読んでいた。


囚人服を着ていても、彼の優雅な、雰囲気は、少しも、損なわれていない。

冴木の姿を認めると、彼はゆっくりと、本を閉じ、まるで、旧友に会ったかのように、微笑んだ。


「これは、これは、冴木刑事。一体、どういう風の、吹き回しですかな?ついに、あなたも、アナログの美しさに目覚め、私に教えを乞いに?」

「冗談は、よせ」


冴木は、椅子に深く、腰掛けると、単刀直入に、切り出した。


彼は、今回の事件の、概要……アグリネクスト社の事件と、犯人『バジリスク』の正体が、大学教授・石田蓮である、可能性を、全て話した。

そして、彼が犯行現場に、残した「神の一手」という、サインについても。


時任は、実に楽しそうに、その話を聞いていた。

退屈な獄中生活に、差し込んだ極上の、エンターテイメント。その喜びに、彼の瞳は、爛々と輝いていた。


「……なるほど。実に、面白い。実に、美しい!」


時任は、感嘆の声を、上げた。


「その、石田教授という男。気に入りました。彼は、ただのハッカーではない。芸術家だ。自分の、仕事を盤上の芸術にまで、高めようとしている」

「対策を、聞きたい」


と、冴木は言った。


「あんたなら、彼の次の一手が、読めるはずだ」

「対策、ですか」


時任は、少し考えるように、天井を見上げた。

そして、冴木の目を、まっすぐに見て、言った。


「……刑事さん、あなたは一つ、大きな、勘違いをしている」

「……何?」

「あなた方は、彼のデジタルな犯行の、痕跡ばかりを、追っている。だが、彼のような人間にとって、ハッキングなど、ただの『手段』に、過ぎません。彼の、本当の『作品』は、別の、場所にある」


時任は、アクリル板を、指でトン、と叩いた。


「碁打ちが、本当に望むものは、何ですかな?それは、美しい『棋譜』を、残すこと。つまり完璧な、ゲームの記録です。……その石田教授が、今回の『ゲーム』で、最も美しいと感じ、記録に残したいと思うものは、一体何でしょう?」


ハッキングの、痕跡ではない。

彼が、残したい「棋譜」。

その、謎のような言葉は、しかし、冴木の脳を、稲妻のように、貫いた。

捜査の方向が、全く違う、可能性。


「……面白い、ヒントを、ありがとう、時任」


冴木は、立ち上がった。

時任は、また優雅に、微笑んだ。


「いえいえ。最高のゲームを、盤の外から、楽しむのも、また一興ですからな」


怪物の言葉を胸に、冴木は再び戦場へと、戻る。

ゴーストの、本当の「作品」を、暴くために。


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