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『デジタル探偵シャドー』  作者: さらん
第一の事件:『アナログの逆襲』篇
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第一章「影と閃きと古時計」

「最も美しい音を盗む」…全ての始まりは、アナログな美学に殉じる、一人の老紳士が、デジタル社会に突き付けた優雅な挑戦状だった。

デジタル探偵シャドー:第一章「影と閃きと古時計」


2025年、東京。

都市の神経網のように張り巡らされた光ファイバーが、人々の意識を絶えずデジタルな海へと誘う時代。警視庁の若き刑事、冴木閃さえき せんは、その潮流の中心で、ひときわ異質な波紋を見つめていた。


「これは、挑戦状…いや、芸術宣言とでも言うべきか」


モニターに映し出されたのは、美しい万年筆で書かれた古風な犯行予告。高解像度でスキャンされ、匿名サーバーを経由して警視庁に送りつけられてきた画像データ。


『明日の日没、最も騒がしい交差点から、最も美しい音を盗む』


同僚たちがサイバー犯罪対策課の初動を待つ中、冴木の「超直感」は、デジタルの痕跡とは全く別の場所を指し示していた。

画像のノイズの乗り方、インクの微かな滲み、そして何よりも、その文面から放たれる圧倒的なまでの古き良きものへの執着。


「犯人の狙いはデータじゃない。実体リアルだ」


冴木の進言は、しばしば論理を飛び越える。だが、彼の直感がこれまで数々の難事件解決の糸口となってきたこともまた事実だった。

上層部が渋々ながらも彼の言葉に耳を傾け、渋谷スクランブル交差点に捜査員を配置した矢先、事件は起きた。


日没と同時に交差点の全てのデジタルサイネージが沈黙し、スピーカーというスピーカーから不協和音が鳴り響く。

そして混乱が収まった時、交差点の象徴であったはずの銅像が台座から忽然と姿を消していた。監視カメラのデータは、完璧に消去されていた。


捜査本部が手詰まりとなる中、冴木は一人自席のPCに向かっていた。彼がアクセスするのは警視庁のデータベースではない。暗号化されたチャットルーム。宛先はただ一言「シャドー」。


その正体は誰も知らない。声も姿も示さず、ただあらゆるデジタル通信手段を通じてのみ現れる謎の存在。冴木は事件解決のためなら何でも利用する。それが、正体不明の「探偵」であろうとも。


冴木がチャットウィンドウに打ち込んだのは、捜査資料の山などではなかった。彼の直感が捉えた、たった一つのイメージだ。


冴木: 『古い万年筆。持ち手が螺鈿細工のようになっている。インクは鉄紺色』


数秒の沈黙。


シャドー: 『検索開始…』


シャドーの内部では、この瞬間も何百万人もの一般市民がネットに思考を繋いでいた [cite:1][cite_start]。ある者はSNSに今日のランチを投稿し、ある者は古美術品のオークションサイトを眺め、またある者は歴史小説の感想をブログに綴る。彼らは全く知らない。自らの何気ない思考や知識の断片が、巨大な知性体の一部を形成し、今、東京で起きた奇妙な事件の解決へと向かっていることを。


シャドーのネットワークが、冴木の直感的なキーワードを解析していく。螺鈿細工の万年筆、鉄紺色のインク、そして渋谷の銅像。無数のデータが交差し、繋がり、一本の線を紡ぎ出す。


一方、都内の一室。アンティークの家具に囲まれた書斎で、時任錠ときとう じょうは、静かに懐中時計のゼンマイを巻いていた。

傍らには彼が「救い出した」銅像の精巧なミニチュアが置かれている。彼はデジタル時代がもたらした効率や均一性を嫌い、手間と時間をかけたアナログなものにこそ真の美が宿ると信じていた。今回の事件は、彼の美学に基づいた壮大なパフォーマンスなのだ。


「デジタルなぞ、幻だ。実体のない影法師に過ぎん」


時任がせせら笑ったその時、冴木のPCにシャドーからの返信が届いた。


シャドー: 『該当する万年筆の限定モデルが存在。50年前に100本のみ製造。現在の所有者リストを検索。…3名ヒット。うち1名、時任錠。元アナログゲーム設計者。経歴…渋谷の銅像デザインコンペ最終選考者』


冴木の口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。


「見つけたぞ、古時計の亡霊」


デジタルの海に浮かぶ集合知性「シャドー」。

超直感で真実の欠片を拾い上げる刑事「冴木閃」。

そして、アナログの美学に殉じる老犯罪者「時任錠」。

三者の知恵とプライドが交錯する事件の幕は、まだ上がったばかりだ。


冴木は立ち上がりコートを羽織る。彼の頭の中にはすでに、時任錠の牙城へ踏み込むための次なる一手があった。それはシャドーのデータでも、警察の組織力でもない。冴木自身の直感という名の最も人間的な武器だった。


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