第6話:形見に眠る秘録
アレスは廃墟となった工房の奥で、再び木箱を開けた。錆びついた金属片と、判読困難な羊皮紙。これを祖父が「鍵」と呼んだのなら、何かの扉を開くためのものに違いない。しかし、その扉とは一体どこにあるのか。そして、男たちが探していたという「禁断の魔導具」とは。
彼の脳裏に、祖父の言葉が蘇る。「ヴァルガス家の技術は、世界の真理を解き明かす鍵なのだ」。今まで抽象的だったその言葉が、今、目の前の金属片と結びついているような気がした。アレスは金属片を光にかざしてみる。すると、表面に微細な魔法陣の線が彫られているのが見えた。しかし、それは何かの欠片のようで、全体像は掴めない。
「どこか、この金属片がはまる場所があるはずだ…」
アレスは工房の中を見回した。かつて祖父が作業に使っていた道具や材料が散乱している。その中に、古びた機械仕掛けのオルゴールが目に留まった。祖父がアレスにくれた、唯一の形見だ。アレスはオルゴールを手に取り、表面を撫でる。すると、指先に僅かな窪みがあることに気づいた。それは、まさしく、今手にしている金属片の形と酷似していた。
震える手で、アレスはその金属片を窪みにそっとはめ込んだ。カチリ、と小さな音がして、金属片は吸い込まれるように収まった。瞬間、オルゴール全体から微かな光が放たれ、歯車がゆっくりと動き始めた。
普段とは違う、深く重厚な音色が工房に響き渡る。旋律が続くにつれて、オルゴールの上部がゆっくりとスライドし、隠されていた空間が現れた。そこには、一つの古びた日記帳が収められていた。表紙には、見慣れた祖父の手書きで、「秘録」と記されている。
アレスは慎重に日記帳を取り出した。ページをめくると、祖父の几帳面な文字が並んでいた。それは、彼がヴァルガス家と、そして「禁断の魔導具」に関わった歴史を記したものだった。
「…ヴァルガス家は、確かに王国の黎明期において、伝説の『時の心臓』と呼ばれる魔導具の建造に関わった。それは、時間を操作する力を秘めた、あまりにも危険な存在だった。完成を前に、当時の王がその危険性を悟り、建造は中止され、関係者は全て処刑されたはずだったが…」
アレスの呼吸が止まる。「時の心臓」。そんなものが存在したというのか。そして、彼の祖先がその建造に関わっていた? 処刑されたはずのヴァルガス家がなぜ今、存在しているのか。疑問が次々と頭をよぎる。
さらにページを読み進める。
「…私は、父からその真実を聞かされた。ヴァルガス家の一部の者は、王の目を欺き、極秘裏に『時の心臓』の一部を隠し持っていた。それは、完全な形ではなく、制御不能な力を持つが故に封印された。しかし、その封印を解くための『鍵』が、複数存在するというのだ…」
アレスは、手にしている金属片を再び見た。これこそが、その「鍵」の一つだったのだ。そして、昨日男たちが持ち去った木箱の中身も、おそらくは別の「鍵」だったのだろう。
「あの連中が探しているのは、この『時の心臓』の『鍵』だったのか…」
ぞっとするような感覚がアレスを襲った。もし、あの恐ろしい魔導具が再び動き出すようなことがあれば、この世界に何が起こるか想像もできない。そして、なぜ今になって、その「鍵」が狙われているのだろう。
日記帳の最後のページには、祖父の震えるような文字で、こう記されていた。
「…アレスよ。もしこの秘録を見つけたのなら、お前はすでにこの運命の渦中にいるだろう。ヴァルガス家の真の使命は、『時の心臓』の再誕を防ぐこと。お前が持つその『鍵』は、ただ扉を開くだけではない。世界を破滅から救う、最後の希望となるかもしれないのだ…」
アレスは日記帳を握りしめた。彼の人生は、この瞬間から大きく変わってしまった。ただの修理屋ではいられない。祖父が彼に託した「鍵」と、ヴァルガス家の隠された歴史が、アレスを新たな旅へと誘おうとしていた。