第5話:隠された工房の謎
アレスは昼食を終え、貧民街の路地を目的もなくさまよっていた。ライラの忠告は理解できる。危険なことに首を突っ込むべきではない。しかし、彼の胸の奥で、祖父から受け継いだヴァルガス家の血が騒いでいるような気がした。ただの修理屋では終われない。そう、何かが彼を突き動かしていた。
彼の足は、自然と貧民街の最も古い区画へと向かっていた。そこには、かつて祖父が小さな工房を構えていた場所がある。今はもう廃墟となり、蔦が絡まる煉瓦の壁が、過ぎ去った栄光を物語るかのようだ。アレスは幼い頃、よくここで祖父の仕事を手伝い、機械の仕組みや魔法の基礎を教わったものだ。
朽ちかけた扉を押し開け、工房の中へ足を踏み入れた。埃とカビの匂いが鼻をつく。しかし、アレスにとっては、ここが一番落ち着く場所だった。散乱した工具、使い古された作業台、そして壁に残る油染み。全てが祖父との思い出と繋がっていた。
アレスは、作業台の引き出しを一つ一つ開けていく。ほとんどが空か、ガラクタばかりだ。だが、一番奥の引き出しに、古びた木製の箱が隠されているのを見つけた。見覚えのない箱だ。祖父が何かを隠していたのだろうか。
そっと箱を開けると、中には一枚の羊皮紙と、錆びついた金属片が入っていた。羊皮紙には、達筆な文字で何か記されているが、古すぎて判読できない部分が多い。金属片は、まるで複雑なパズルのピースのように、奇妙な形をしていた。
「これは…?」
アレスは金属片を指でなぞった。ひんやりとした感触がする。そして、その表面には、かすかに魔法の残り香が感じられた。それは、祖父が魔導機械に用いていた、あの独特の魔力の波動に似ていた。
羊皮紙を広げ、なんとか読める部分を探す。「…古き鍵が…」「…扉は開かれ…」「…真理の…」断片的な言葉が、アレスの心臓を強く打った。ライラが言っていた「鍵」という言葉。そして、祖父が口にしていた「世界の真理」。これらが全て、この箱の中の品々と繋がっているような気がした。
その時、工房の外から、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。アレスは反射的に箱を閉じ、身を隠した。扉が乱暴に開けられ、数人の男たちが中に入ってくる。昨日、貧民街の入り口にいた、あの男たちだ。彼らは工房の中を荒々しく物色し始めた。
「ちっ、ここにもねぇのか! あのジジイめ、どこに隠しやがった!」
男の一人が悪態をつく。彼らは明らかに、何かを探している。しかも、それがこの祖父の工房にあったかもしれないもの、つまり、アレスが今手にしているこの箱の中身と関連していることは間違いない。
アレスは息を潜め、男たちの会話に耳を澄ませた。
「おい、頭。本当にこの貧民街にそんなもんがあるのかよ? 何日も探し回って、これじゃあ時間の無駄だぜ」
「黙ってろ! 情報は確かだ。ヴァルガス家の末裔が、何かとんでもないものを隠している。奴らの先祖は、王国の初期に禁断の魔導具に関わっていたと聞く。おそらく、その残骸がここにあるはずだ!」
「禁断の魔導具…?」
アレスは驚きで目を見開いた。ヴァルガス家が、そんなものに関わっていたというのか。祖父が残した言葉の意味が、少しずつ、しかし恐ろしい形で繋がり始めている。
男たちは結局何も見つけられず、悪態をつきながら工房を去っていった。アレスは、彼らの足音が遠ざかるのを待ってから、物陰から姿を現した。手のひらには、あの木箱が握られている。
祖父が隠していた「鍵」とは、この金属片のことだろうか。そして、彼らが探している「禁断の魔導具」とは何なのか。貧民街に迫る危険の背後には、想像以上に深い闇が横たわっていることを、アレスは確信した。彼はこの「鍵」が、ただの金属片ではないことを直感していた。それは、祖父の残したメッセージであり、そして、彼自身の運命を大きく変えることになる、始まりの合図なのだと。