第3話:祖父の秘密と影
アレスが自室に戻ると、すでに日没後の深い闇が首都アルバを覆っていた。貧民街の狭い通りには、わずかな行商人の声と、酔っ払いの笑い声が響く。商会からの帰り道に見た、貧民街の入り口を警護していた見慣れない男たちの存在が、ずっと頭の片隅に引っかかっていた。
ランプを点け、祖父が残した古びた革張りのノートを開く。中はびっしりと、機械の構造図や魔法陣の設計図、そして判読しにくい手書きのメモで埋め尽くされている。祖父は生前、「ヴァルガス家の技術は、ただ機械を動かすためだけのものではない。この世界の真理を解き明かす鍵なのだ」とよく口にしていた。アレスはその言葉の真意を、今も探し続けている。
ノートをめくる手が止まる。視線の先には、一つの小さな絵が描かれていた。それは、鳥の形をした美しい装飾品で、その背には複雑な歯車と、微かな魔力を宿す光の線が描かれている。祖父が幼い頃のアレスに、いつか作ってあげると約束してくれた「空を飛ぶ機械鳥」の設計図の一部だ。
「これを作れたら、一体どれだけ素晴らしいだろうな…」
アレスは静かに呟いた。しかし、今の自分には、このような複雑な機械を動かすだけの魔導技術も、材料も持ち合わせていない。現実は常に厳しく、目の前の生活で手いっぱいの毎日だ。
ふと、窓の外から、けたたましい叫び声が聞こえた。アレスはハッと顔を上げ、窓に駆け寄る。通りでは、数人の男たちが一人の中年男性を囲み、何かを問い詰めているようだ。その男たちの顔に見覚えがある。帰り道に見た、貧民街の入り口にいた者たちだ。
「おい、ヴァルガス! お前も聞いているだろう、この騒ぎを!」
と、その時、隣の家から顔を出したのは、アレスと同じくらいの年頃の男、ライラだった。彼は貧民街に住む数少ない友人で、小さな行商を営んでいる。「最近、変な連中が貧民街に出入りしているって、噂になってたんだ。どうやら、何かを探してるらしい」
ライラの言葉に、アレスの胸に不穏な予感がよぎる。男たちの剣が光り、中年男性の悲鳴が夜の闇に響き渡る。その様子は、明らかにただの尋問ではない。
アレスは衝動的に、祖父から受け継いだ片手剣を腰から抜いた。長く手入れされてきたその剣は、月光を反射して鈍く光る。しかし、アレスは知っている。自分は戦士ではない。この剣は、ただの護身用だ。
「何を探しているんだ…?」
アレスは男たちの行動に、言いようのない嫌悪感を覚えた。この貧民街に、彼らがそこまでして手に入れたいものがあるというのか。
その時、男たちの一人が、中年男性の懐から何かを乱暴に引っ張り出した。それは、古びた、しかし精巧な細工が施された木箱だった。男たちはその木箱を手にすると、満足げな笑みを浮かべ、中年男性を打ち捨てて去っていった。
アレスは窓から飛び出し、倒れている中年男性に駆け寄った。息はあるが、意識はないようだ。ライラが顔色を変えてやってくる。「大丈夫か、アレス! 何かされたのか?」
「いや、俺は…」
アレスは男たちが持ち去った木箱のことが気になっていた。あれは一体何だったのか。そして、なぜ彼らはそれを狙っていたのか。貧民街に広がる不穏な空気は、この一件でさらに色濃くなった。アレスの心に、この事態に関わるべきか否かの葛藤が生まれる。