8 知らない所で話が進んでいるようです
フィリップによる説明はこうだ。
ランセットは爵位を退き、蟄居。
愛妾と暮らすのなら廃位で平民に下る。
エヴァンジェリンは侯爵位のまま王子妃として国政の一環として王家が預かったサノーバ領の経営、インフラ事業に携わる。
子を三人以上為せばその中で領地経営の才能ある者に再びサノーバ侯爵位を与える。
肩書が変わるだけで、やることは何一つサノーバ侯爵位を継ぐことと変わりが無かった。
何よりもエヴァンジェリン個人には国王陛下が後ろ盾を表明してあるのだから案ずることなく王子妃になれるし、彼女を貶める事は国王を侮辱することと同義になる。
「同様の事を兄上が今エディン公爵家に伝えに行っている。ただ公爵家は妹姫の嫁ぎ先になるので取り潰すわけにもいかない。なので現公爵には退いていただき、オリバー殿に代替わりしていただく」
逆臣の汚名を次代が雪ぐ。
勿論公爵家もそれなりに対価を支払ってもらう。
公爵領の半分を王家預かりとし、次期公爵オリバーが妹姫を大切にし健全な領地運営を行うのなら次代に預かった領地を返却する。
これからの公爵家も侯爵家も、全ては次代の頑張り次第で取り戻せるのだ。
勿論力を削がれた公爵家と侯爵家の勢力を潰しにかかる高位貴族が出るかも知れない。
それを牽制するゆえの、それぞれの家に王家の子が入り込む算段だという。
大切な侯爵家の跡取り娘を元はと言えば自分が追い込んでしまったのだから、ランセットは否やも無かった。
「ただ、私は王命としてエヴァンジェリン嬢との婚姻を結びたいとは思っていない。私自身の意志で、そしてエヴァンジェリン嬢の意志で結ばれたいと思っている」
だからこの縁談の話をランセットからはしてくれるな、と釘を刺した。
「殿下。もしや本当に娘の事を…」
「子供の頃から好ましく思っていた。共に国を支えていく同志だと思っていた。それが女侯爵としてなのか、私の伴侶としてなのか、その違いだけだ」
「しかし、あの子は王族の妃になるような愛らしさは持ち合わせておりません」
「そんなものは必要ない。私は自分の伴侶には互いに尊敬し合える相手がいいと思っている」
互いに尊敬し、信頼し合える者なら妃はたった一人で良い。
父王の様に誰にも心を許せず何人もの見目が良いだけの女性を侍らせる様な虚しい人生は送りたくない。
兄上はいずれ国王となるのだから、父王同様に種馬となる人生になるだろう。
「お嬢様、第二王子殿下がお帰りになります。ご挨拶を」
お腹を空かせていたところに、アーノルドが呼びに来た。
随分と長くお父様と話し込んでいらっしゃったのね。
そんなに殿下とお父様は仲良しだったかしら?
「わかりました」
そう言って階下の玄関ホールに足を運んだのですけれど、わかりましたと言いつつ私は実は何もわかっていなかったのですわ。
先程お父様とお話しされる前のようにフィリップ様は私に微笑みかけてくださいます。
頑固だけど国民思いの良い方なのよ。
「今日はこれでお暇させていただくよ、エヴァンジェリン嬢。僕の願いをきいてくれて本当にありがとう」
「いいえ、こちらこそありがとうございました」
にこにこと笑顔でお別れできました。
それにしても、お父様の顔色が何だかすぐれないような気がしますわ…
お父様はそのまま執務室に籠られ、食欲がないので私一人で朝食をとるようにと仰せになりました。
長く殿下とお話しになっていたようですが、あまりよくないお話だったのでしょうか。
私にはいつものように柔らかな態度でしたけれど。
お父様が早くお元気になられるように、後で甘いお菓子でも届けさせましょうか。
甘いお菓子は食べれば幸せな気分になるのですもの。