6 祝宴のパートナーに申し込まれました
カタリナが放遂されてからというもの、義母は部屋に籠って寝込んでおりますので、けたたましいカタリナがいなくなって屋敷内は本当に静かです。
便宜上義母と呼んでおりますが、伝統あるサノーバ侯爵家の夫人として、また才色兼備だった高位貴族家出身のお母様の後釜としてはその器量が足りず、正式な侯爵夫人ではありません。
なので今も尚お父様の愛妾であり、この家の地位の最上位は侯爵であるお父様、その次が正式な侯爵令嬢であり次期侯爵である私なのです。
カタリナを甘やかすことを許していたのはお父様で、何度も私はそれはカタリナの為になりませんと意見申し上げたのですけど、結局はお父様にとってもカタリナは愛らしく可愛がるだけの存在だったのね。
私がもう少し可愛げがあればお父様もその愛情を私に向けてくださったのかもしれないのだけど、しっかり者に育てられたことは私にとって僥倖だったかもしれませんわ。
アンジェ様との和やかなお茶会の翌日、侯爵家にフィリップ殿下がいらっしゃいました。
屋敷の者は何事?と慌てていた様子ですが、私は前もってアンジェ様から話を伺っていましたので殿下がお願い事に来られたのは想像していました。
それにしてもやけに行動がお早いことですわねとは思いましたが。
玄関ホールには大きな花束を抱えたフィリップ殿下と殿下付きの王宮近衛兵御一行様が到着しておりました。
執事のアーノルドが朝早くに部屋に来て、急ぎ支度をするようにとメイド達に指示を出していたのでどうしたのかと思っていましたのよ。
先にお父様が対応をしようとしたらしいのですが、殿下が先に話すのは私の方だからとお父様には塩対応だったみたい。
急な事とはいえ、王族の殿下を長くお待たせするのはよくありません。
着付けに時間のかかるコルセットを用いたドレスではなく、ふんわりとした、それでいて失礼にならない程度のデイドレスを大急ぎでメイド達が着付けてくれます。
お父様は殿下を玄関で待たせるのは失礼だからと応接間に案内しようとされたそうですが、それすらも殿下はお断りをされたそうです。
頑固で融通がきかない所なんて、フィリップ殿下も私と同じく可愛げが無いと王宮内で言われるそうです。
私はそういう所も、きちんと芯があって良いと思うんですけどね。
何だか似た者同士ですから、子供の頃から論議をしていてもお互いに中々譲らなくて喧嘩寸前になったことも一度や二度ではありませんでした。
それでも相手の考え方を否定するのではなく、最終的に
「はいはい、どっちも良いと思うのでそのアイデアを出した両方ともが素晴らしいと思うぞ」
と王太子殿下が場を収めるということがいつもの流れでした。
支配者たる資質を幼少の頃からちゃんとお持ちだったんですわね。
私達もそれで仲が悪くなるという事は無く、寧ろ自分に持っていないものを持つ相手をきちんと尊重できたのですわ。
どうせ人が独りで完璧にできる事なんてあまりない。
その為に誰かと助け合って行く。
それが家族だったり、伴侶だったり、使用人達であったり、領民達だったりするのだと思っていますわ。
幼い頃からの王家の方々との交流で、私も次期侯爵であり領主であるために必要な事を学んだのだと思っていますの。
「フィリップ殿下、お待たせいたしました」
ものの10分かそこらで玄関に向かう事が出来ましたが、殿下は座る事もなくその場に立って私を待ち続けておられました。
どんなに応接間にお通ししようとしても
「私はお願い事をしに来たのだからこのまま此処で待たせていただく」
と仰って聞かなかったそうです。
うふふ、早速頑固発動してますね。
半螺旋の階段から速足で駆け下りると、花束越しにこちらを見上げて来る殿下と目が合いました。
考えてみれば間近で殿下と話すのも久しぶりですわ。
ガスパールとの婚約後は、誤解されることが無いようにと殿下方だけでなく殿方そのものにも距離を置くようにしていましたもの。
「エヴァンジェリン嬢、朝早くから申し訳ございません」
「いいえ、本日もフィリップ王子殿下におかれましてはご健勝のご様子でお目に掛かれて光栄に存じます」
きっちりとカーテシーでご挨拶。
「ああ、いや、そんなに畏まらないでほしい。今日は僕が頼みごとをしに来たんだからね」
いつの間にか、殿下が自称を公式の「私」から私的な相手と話すときの「僕」に変わってしまわれている。
「頼み事、でございますか」
訝しがる私に、殿下は手に持っておられた花束を渡された。
「そう。来月の兄上の婚礼式の祝宴に、僕のパートナーとして出席して欲しくて、それをお願いに来たんだよ」
わさわさと大ぶりな赤いバラの花束。
どれだけあるんでしょう、あまりにもバラが多すぎて顔が埋まってしまいますわ。
「お花をありがとうございます。ええ、私もパートナーに困っていたので、ありがたい申し出ですわ」
「じゃあいいんだね!?ありがとう、エヴァンジェリン嬢」
嬉しそうなお声がいたしますが、生憎バラの花で殿下の顔が見えません。
仕方がないので傍に居たメイドのアンナに花束を渡しました。
結構重いですから、受け取った時にアンナはよろけていました。
大丈夫だったかしら?
ひょっとして私が力持ちだから受け取ることができたのかしら。
あああ、また可愛げが無いって思われたかしら…