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45 皆が幸せにならないと意味が無いのです

エヴァンジェリンの名を聞いて、若きリンゼイの王子とその横に守られるように佇む、自分が拉致してきた姫がいるのに気付いた。


「父上。俺の時が止まってしまったのは、ある意味で神が与えてくれた最後のチャンスだったのかもしれない。間違いを正せるなら、もう一度俺に正しく生きる時間をくれるのかもって。俺は、妃の幸せも、民の幸せも願える君主になりたい」

「フリード」


フィリップがエヴァンジェリンの救出に駆け付けた姿を見た時、フリードはペルルーシュがアンドレイア姫を助けに来た場面を思い出した。

姫を攫う害をなす者が父であり己であると理解したのだ。

如何なる理由があろうとも、害をなす者はそれ以上でも以下でもない。


「父上、俺はずっとこのままで大きくなる事も死ぬ事も適わなくてもかまわない。それが神の与えた、身勝手な俺への罰なら受け入れる」


そう言ってフリード王子は俯いた。


「フリード」

「父上の罪も、俺一人で済むならそれでいい」


フリード王子の言葉に悲しそうな顔をしたのは父王だけでなく、エヴァンジェリンもだった。



「殿下、貴方だけが悲しい思いをするのは誰もが心痛むと思いますわ。何より殿下はその過ちに気付かれたのですから、きっと悪いようにはならないと思うのです」



エヴァンジェリンがそう言うと、幼い王子は目に涙を溜めて顔を上げた。


「今はまだ、姫にお幸せにって言えるほど俺の心が広くなくてごめんなさい。でも…」


見てしまったのだ。

フィリップがペルルーシュの如く颯爽と助けに来た時のエヴァンジェリンの安堵と喜びに満ちた顔を。


「ここからは政略の話をしよう、ヘルベルト王」


ベルトラン王は卓上の向かいに座したヘルベルト王に、国の統治者としての話を始めた。




「驚いたわ。フィルがリンゼイの軍服を着て現れたものだから、てっきり変装でもしてるのかと思って」


エヴァンジェリンの救出後、一旦はシオンに戻ることにした。


「メルが内偵で動いてくれたんだ。その際に母上と僕だけじゃなく、リンゼイの伯父上にも働きかけて貰ってね」


馬車の中では、ずっとフィリップが膝の上からエヴァンジェリンを下ろしてくれなかった。


「メル…?」


確かにメルは腕に覚えがあったし、色々出来過ぎる侍女だと思ってたけど内偵?

対面の一番遠くに座したメルが、にっこりと笑いかける。


「エディン公爵家が次男、メルキオ・エディン・ハイドマンにございます妃殿下。学生時代よりシオン王家の影として仕えております」


えーー!?と驚いたのはエヴァンジェリンだけではなかった。

アンナとウィルヘルミナも同様である。


「えっ、殿方とお仕事してたの私達」

「というか公爵家の御子息とは、知らなかったとはいえ畏れ多い…」

「お気になさいますな侍女殿。これも王妃陛下の下命ですから」


侍女に変装してるので本来の姿なんて分かろう筈もないからと、メルは気にしていないようだった。


「ねえエヴィ、幾らメルが出来る男でも余り関心を持って欲しくないなあ」


メルをまじまじと見ていたエヴァンジェリンの顔をくいっと自分に向けさせると、フィリップが不満を含ませて微笑んでいた。


「い、いえ関心というか」

「惚れるのも禁止」

「そうじゃありません…!」


構わずフィリップはエヴァンジェリンの顔じゅうのあちこちにキスをする。


「殿下、少しは人目を憚ってくださいませ」

「…次の宿で馬車をもう1台手配する。エヴィが攫われてから僕の心が落ち着いた事等一瞬もなかったんだから我慢して」


解決策が明後日方向なのが何とも言えない。



フィリップから聞かされた話はこうだ。

エヴァンジェリンの奪還に、リンゼイの王に助けを求めた。

シオンの軍が動けば、戦争になる。

ミッドガルドと対話の席に着いてくれそうなのはリンゼイだけ。


リンゼイの王ベルトランは予てからマルガレーテ王妃に出戻って王位を継ぐように求めていた。

シオン王ナバールの不義ぶりは目に余るものがあったからだ。

でもマルガレーテ王妃は易々とシオンを棄てなかった。

実質上のシオンの支配者となっており、王は既にお飾り状態。

そこで第二王子に意向を確かめれば、権力で愛する妃を護ることができるのならと、リンゼイ王の世継ぎとして立太子することを承諾したのだった。

先行きが不安だったリンゼイの国民も、王の実の甥を王太子に据える事を歓迎した。

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