43 欲しいのは温かい心
「…姫は俺の事、嫌い?」
「嫌いではありません。嫌いな人を部屋に入れる訳がありません」
「そう…」
殿下は寂しそうに俯きました。
「ですが無理強いをなさる身勝手な人は好きにはなれません。幸い、そうされたのは殿下ではなかったですからね。お父上は国民から慕われているのでしょうか」
少し考えられた後、殿下がぽそりと呟きます。
「恐らく、国民は父上を怖がってると思う」
そうでしょうね。
「俺は父上とは違うし、父上みたいになりたくない」
「殿下は自分を裏切った者を赦すことができますか?」
そう言うと、徐に顔を上げて私を見てきます。
「それは無理かもしれない」
「人としてはそれが正しい判断かもしれません。けれど国の為になるならそういう人間も時として切り捨てられないかもしれないでしょう。切り捨てるのが自分の為にというのなら君主失格です。まあ信用できないのは当然なのですけどね」
「父上も母上も、大切なのは自分だけだった」
そうでしょうか。
ヘルベルト陛下は自分だけが大切だった妃達を疎んじたのではなかったのでしょうか。
「私が今この状況に甘んじているのは、シオンの国民の為です」
あっと言って目を見開いた殿下。
外が何だか段々騒がしくなってきました。
「他人の心なんてどうにもできやしません。邪な心を持つ者は自ら破滅していくでしょうし、心根の善き者はそれなりに幸福を得られる筈です」
その時、バルコニーに通じる扉が壊される音がしました。
「エヴィ!!」
信じられない光景でした。
フィルが、私の殿下がそこに居るのです。
しかもリンゼイの軍服を纏って。
そして廊下に通じる扉が開いたと思うと、そこにはミッドガルドの近衛兵とメルが戦っています。
―――何故!?
「助けに来た。遅くなって済まない、エヴィ」
「フィル!」
駆け寄ろうとするより早く殿下に抱きしめられました。
以前ギュウギュウに抱きしめられた時は苦しいと思ったのですが、今は安堵と喜びだけで満たされました。
「シオンの姫が逃げるぞ!」
ミッドガルドの近衛兵が叫ぶと、人が集まって来ます。
「アンナ!ウィルヘルミナ!逃げろ!」
メルが叫んでも2人はおろおろするばかりなので、舌打ちしたメルがアンナを担ぎ上げ、ウィルヘルミナを脇に抱えてバルコニーから外に放り投げました。
「ぎゃああああ」
何とも締まらない悲鳴ですが、どうやら外では2人を受け止めてくれたリンゼイの兵が居た様です。
「フィル、どうしてリンゼイの軍服を」
「それは後で話す。とにかく今は脱出を」
「待て!姫は俺の妃になるんだ!連れて行くな!」
フリード殿下が必死で止めようとしています。
「妃?何年後の話だ。私は自分の妻を取り戻しに来ただけだ」
「つま」
呆然としてフリード殿下がその言葉だけを口にします。
「ち、違う!俺は子供なんかじゃない!俺が生まれたのは27年前だ!」
…はぁ!?
そう思ったのは私だけではなく、フィル殿下も同じの様でした。
「23年前、4歳になった時から俺の成長が止まってしまっている。リンゼイの姫が居ないと、俺はずっとこのままなんだ」
どういうことでしょう?
「もし姫を連れて行くなら俺も一緒に連れて行ってくれ!」
「我が妻を妃にするという輩を連れて行けるか」
見た目少年の中身が27歳の男性というなら尚更です。
それにしても23年前…?
「23年前に恐らくリンゼイの姫君が『真の愛』を使ったのだと思う。あれはミッドガルド王族への事実上の拒否だ。だから俺の時間がそこで止まってしまった」
それで、リンゼイ王家の血を引く姫君を妃に迎えてその呪いを解こうとしていたという事かしら。
「ならば余計に我が妻を其方にはやれない。人違いだからな」
「人違い?」
「彼女はエヴァンジェリン・サノーバ。サノーバ侯爵にして我が妃。リンゼイ王家の血を引く者に非ず」
「そんな…」
フリード殿下は力なく座り込みました。
「それでも俺は姫が良い。温かい人柄の姫が好きなんだ」
でもそれでは呪いは解けないのでは。
「彼女は其方にはやれない。でも私はリンゼイ王家の血を引いている」
フィル殿下のその言葉がヒントになったようです。
私は殿下に抱かれたまま、バルコニーから外に出ました。
「殿下ぁ!ご無事で」
アンナが私に駆け寄ってきます。
「貴女達も無事ね?」
「はいぃ、リンゼイの兵の皆様が助けてくださって」
「どうして、リンゼイが」
有難い事なのですが、話が全く見えません。
そろそろお話も終盤に入ります。




