42 私の幸せと貴方の幸せは
どうやらフリード殿下は親に捨てられたヒーローに御自身を重ねておられるようです。
いずれ親を殺しに来るだろうと疎まれて棄てられた王子は長じて天馬を駆る騎士になります。
「ペルルーシュは自分を棄てた親に復讐しなかったの?」
昨夜は最後まで物語りを聞き終えられなかった殿下が尋ねます。
「諸説ありますが、ペルルーシュの幸せは何だったのでしょう」
「助けた姫と仲良く暮らす事?」
「そうですね。ですからペルルーシュが戦う相手は、姫を奪おうとする者なのです」
子供向けのお話にはその顛末は書いてないのですが、大人向けのお話では姫が助かったらその姫を娶ろうとする貴族が現れ、彼等とも戦う事になり姫を連れて颯爽と天馬で国を去ってゆきます。
元の身分に戻ろうともせず、ただ愛する姫と共に暮らしていく、そういう所が大人にも好まれているのかもしれません。
「では姫の幸せは何だ?」
フリード殿下に尋ねられて、暫し固まってしまいました。
私の幸せとは。
真っ先に思い浮かぶのは、サノーバ領の人達の幸せな生活。
ずっとその為に生きてきました。
そして、誰かに心から愛される事。
愛は注ぐだけでは自身が枯れてしまうのだと思い知りました。
裏切り者ではあったけど、互いに想い想われたカタリナとガスパールは幸せであっただろうと思えたのです。
「国民を愛し、そして私の大切な人から愛される事でしょうか。逆にそれがあれば、辛い事があっても乗り越えられる力になると思うのです」
それを聞いた殿下が俯きました。
「…姫は凄いな。俺は自分の事で精一杯だ。未来の統治者として至らない事を思い知らされる」
「そんな事は無いですよ。殿下は難しい言葉を知っておられますね」
そっと頭を撫でますと、殿下は少し顔を歪めました。
「あんまり子供扱いするな」
「お気に障りましたか?申し訳ございません」
「そうじゃない、俺は―――」
その時、窓の外が騒がしくなりました。
キンキンと剣がぶつかり合う音もします。
「殿下!ご無事ですか!?」
アンナとウィルヘルミナが部屋に飛び込んできました。
「何事なの」
「わかりません、が、賊が入ったのだと思います」
咄嗟にフリード殿下を見ます。
「今のうちにお部屋に戻られますか」
そう言うと、ふるふると首を振られます。
「俺はここで姫を守る!俺の妃になる姫一人守れなくて誰を守れるって言うんだ」
立派です、心がけは。
しかし現実を見てください殿下、貴方は非力な子供なのです。
「殿下にはもっとお妃様に相応しい女の子が現れるのではないですか?私のような年上の女でなくとも」
「違う」
ぽすっと小さな殿下が私に抱き着いてきました。
「父上がリンゼイの姫を連れて来るって言ってた。最初はその理由で俺の妃にと思ったけど今は違う。姫となら温かい家庭が作れる、今はそんな気がするから」
家庭。
やはり私は母親のように見られているようです。
「姫の心の内が温かい人だから」
そう思ってくれるのは嬉しい事ですが。
「私には大切な人が居ます。その人から力尽で引き離して奪い取るのが愛情だと思いますか?殿下はその私の気持ちをお考えになったことは?」
そう言うと、殿下ははっとして私から離れました。
「いずれミッドガルドの王になられるのでしたら、相手の心を蔑ろにするようでは民心は離れて行くのではないですか?」
年齢の割に大人びている殿下なら、私の言葉も届くような気がしたのです。
ペルルーシュの物語は私が好きな神話の話になぞらえています。




