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40 可愛いお願い

フリード殿下が私を自分の妃にと求めたためでしょう、毎食を共にする事になりました。


「おはよう、アンジェ姫。昨夜もよく眠れただろうか」


まだ幼いのに私の事をしっかり気遣ってくれるジェントルマンです。


「御陰様で、ありがとうございます」


席に着くと、テーブルに料理が並べられて行きます。

全ての料理に毒見係の確認が入ります。

私の料理にはアンナが担当します。

万一解毒剤を飲んだ者が混じっていると困るからです。


「姫が苦手なものがあれば言って欲しい」

「ありがとうございます。母国では食べられないミッドガルドの食べ物には是非挑んでみたいと思っているところです」


事業で外国を訪れる事はあっても、ミッドガルドには足を踏み入れた事が無かったのですよね。


「得体のしれないものを口にするのは怖くはないのか」

「あら。たとえ外国であろうと人が口にしているものなら恐怖の対象にはなりません。寧ろ好奇心が湧きますわ」


そう言うと、フリード殿下は目を丸くされました。


「姫は勇敢なのだな」

「そうですか?美味しいと感じられるものが増える事は幸せに感じる事ですよ」

「そうか」


フリード殿下は齢の頃にしては食事の所作が綺麗です。

子供特有の不器用さが全くありません。


「美味しいと感じられるもの、か。俺は何を美味しいと感じるのかよくわからない」


その言葉には、深い孤独が感じられます。


「でも、今。姫とこうして話しながら食べる食事は好きかもしれない。昼も、夜も一緒に食べられたらいいな」


この場にヘルベルト王がいらっしゃらないのが、普段の殿下の生活風景を物語っています。

お寂しいのでしょうね。

甘えたい年頃なのに。

私も早くに母親を亡くしましたが、それでも幼い頃に可愛がってくれた記憶はあります。


「私は構いませんよ。私も独りで食事をするよりは楽しいと感じますもの」


そう言うとぽわっと花が咲いたような表情になりました。


「本当?ありがとう、姫は優しいな」


私の本当の結婚相手がフィリップ殿下なこともあって、フリード殿下はなんだか齢の離れた弟のように思えます。

もしも私の子供が生まれたら、こんな風に愛情を掛けたいと思うのかしら。

ヘルベルト王ももう少し目をかけてあげてもいいのではないかしら。


異性としてではない小さな子に対する愛おしさを感じます。


「姫、もしよかったらだけど」


もじもじしながらフリード殿下が話しかけてきます。

もう食べ終わったのか、きちんとカトラリーとナプキンを卓上に並べて。


「夜、一緒に寝よう?読んで欲しい本もあるんだ」


母親に寝る前に読んで貰う御本は格別ですね。

私もお母様との温かい思い出の中にその光景があります。


心地良い優しいお母様の声、何もかもを委ねて安心できる寝床から夢の世界に入って行ける、それこそが幸せであったと今は思えます。


「いいですよ。お易い御用です」


とにもかくにも、母親が必要な子供にその役目を求める人物が居ない事をヘルベルト王に訴えるのは無謀です。

私が口を挟もうなら、だったら王の妃になればよいと藪蛇を突いてしまいそうです。



「私はずっとミッドガルドに居るつもりはないんですけどね。フリード殿下は何とかしなくちゃと思うんです」


部屋に戻ってからそういうと、アンナは呆れ顔でした。


「殿下は御人好しすぎます。大体、婚約者を奪った妹君にも幸せになんて冗談でも仰る方が私には理解できかねます」


聞いていたウィルヘルミナが驚いています。


「えっ、そんな事を仰ったんですか!」

「ええ、私は傍で聞いておりましたから事実です」


何故かアンナはぷんすかとむくれています。


「だって私以外を好きになった婚約者と私が幸せになれる訳が無いのですから、それなら私を棄ててまで選んだ相手と添い遂げて貰うのが筋じゃありませんこと?それに、私は彼に裏切られたおかげで殿下ともご縁ができたのですから寧ろ感謝しているのですわ」

「そ、それはそうですけど」

「裏切った人というのはまた裏切ることに躊躇しないものです。いつそうされるかに怯えて生きるより、妹はそういう人間から私を解放してくれたんですもの。幸せになってほしいと願う事に何か不思議な事でもありまして?」


―――達観されている。

ここまでくると流石に妃の器だとウィルヘルミナも改めて思うしかない。


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