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39 そういえばもう一人いらっしゃったはずでした

「このままでは納得が行きませんわ!」


その頃、シオンの王城では連れ去られた王女の姿が見られては困るので、アンジェはほぼ軟禁状態にあった。

納得が行かないというのは自分の代わりにエヴァンジェリンが連れ去られたことに対してだ。


「兄上も兄上よ!ずっと想い続けてきたエヴァ様が理不尽に連れ去られて悔しくないの!?」

「悔しいに決まっている」


フィリップは荒れる妹姫に静かに答えるだけだ。


「あの場で大国の王に楯突けば、シオンが無事でいられる保証はない。それどころか攻め入る口実を作ってしまうだけだ。だからメルをエヴィに付けた」


メルの名前を出されて、アンジェがはっとする。


「そうするように命じたのは私よ」


王妃がフィリップの言葉に割り込んできた。


「慶事があったでしょう。それで丁度あの子が戻ってきていましたからね。エヴァンジェリン嬢の護衛にはうってつけだと思いましてよ」


部屋の中に進み出て、不機嫌そうにしていたアンジェに近付いていく。


「このままいけばもうじきあの国は亡びるわ。ミッドガルドには世継ぎが居ない」

「でも、世継ぎは連れ去られたエヴァ様が…」

「それなら無理な話ね。あの子にはリンゼイ王家に伝わる秘玉の薬、『真の愛』を渡しました。それに何より大切な事は、あの子がアンジェではなかったということよ」

「どういうことですか」


王妃は少し悲しそうな表情になった。


「最初からミッドガルド王はアンジェを連れ去るつもりで婚礼の式典に来ていたという事よ。リンゼイ王家の血を引くアンジェを」


そしてポケットから銀の小箱を出して中身を見せた。


「神話の通り、始まりの神の王はミッドガルド、そして始まりの神の女王はリンゼイ。その二人の子が国を興して小国が沢山出来た」

「それは神話の話ですよね、母上」


黙って王妃は頷く。


「私が子供の頃からよく命を狙われたのは、大国の王女という理由だけではないのです。私がミッドガルドの王族と子を為せば、その子が新しい王となって国を興す。嘗てのシオンもそうでした。けれど、リンゼイの血が途絶える事も事実在り得ました。王と王妃の間に子が生まれなかった時代があれば、そこで血が途絶えました。リンゼイ王家の子だけが始まりの神の血筋たりえるのです」


王妃が秘玉を手に載せ、包み込むと2つに増えた。


「ですから代々リンゼイ王家の女達はいつの世もその身を狙われました。中にはその身を奪われ望まぬ子を産まされそうになって自害した王女もいたそうよ。だからこそ始まりの女神が齎せてくれたのがこの秘玉」

「…御子ができなくなるという、あれですか?」

「そうね、それは正確な情報ではないわ。正しくは、リンゼイ王家の者が相手でなければ子を為せない薬」


そう言うと、フィリップが目を見開いた。

つまり、リンゼイ王家の血を引かないナバールとシルビアの間には子ができない。

後にナバールにもこれを飲ませたので王妃マルガレーテ以外にはナバールの子ができない。

この薬を飲んだエヴァンジェリンはフィリップとの間に子は出来る。


「かといってエヴァンジェリン嬢自身を蹂躙されるわけにはいきません。秘玉はあくまでも最後の砦です」


そこに早馬の使者の訪れを告げられた。


「…案外早かったな」


フィリップにはそれが何者かはわかっていたようだ。

自ら部屋の外に出て、使者から何かを受け取った。

それは巻物状にされていた地図。


「馬車なら1週間はかかる行程だが早駆けなら3日以内で着ける。流石にメルは良い仕事をする」


満足そうにそれを広げてフィリップは王妃と妹姫に見せた。


「ミッドガルドの王城の内部、ですわね」

「そう。同じものがリンゼイの王家にも届けられている筈」


私の下命ですからね、と王妃が口の端を上げて静かに微笑んだ。



エディン公爵家はシオンの王弟を始祖とする、代々王家の懐刀である影の役目を果たして来ていた。

だからアンジェ王女の降嫁先として王家が信頼できるエディン公爵家の嫡男が選ばれた。

王家を裏切った三男は早々に除籍された。

婚約者を姉妹で取り換えても王命には背かないと思い込んでいたからこその破滅になった。

家の特質上、一旦反逆者と見做されれば実家はアテにできない事はわかっていた。

それどころか一生監視が付いて回る。

故にひっそりと身を隠すように生涯を送るしかなくなったのである。


現在他国を留学含め放浪しているエディン公家の次男は多言語を操れる諜報員として暗躍している。

彼は後の義姉の兄となる王太子の婚礼式の為に一時帰国をしていた。

その祝宴の席でアンジェ王女と間違われたエヴァンジェリンが連れ去られる一部始終を見ていた。


咄嗟に彼と王妃は動いた。


「エヴァンジェリン嬢に付随し、ミッドガルドの王城の内部を暴きなさい。母国の兄上にも事の顛末を報せるので、結果は同じものをリンゼイにも」

「御意、王妃陛下」


そして彼は『いつものように』侍女の装いをして、何食わぬ顔でエヴァンジェリンの一行に加わった。


リンゼイの王家にも通達したが、その使者が他国に嫁いだ妹王女の差し向けた公爵家の次男、メルキオ・エディン・ハイドマンであれば幾ら人間不信の王といえど親書を受け取ってくれるだろう。



当代の王達が真の愛と誠実とは程遠い有様ではどの国にも滅びが待っている。

それを正しい方向に矯正しようとしているのがマルガレーテ王妃だった。

始まりの神の女王の国の王女。

一見すれば国王には冷徹そうに見えても、子供達や国民に向ける慈愛の深さは誰もが知る所だった。

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