36 欲しいのは唯一の愛だけですの
「そうか、アンジェ姫を気に入ったのならお前の妃にするがよい」
何故か上機嫌で陛下はあっさりとフリード王子の希望を承諾いたしました。
えーと、シオンへはこの息子の妃を探しに来たってこと???
息子の好みとかもあるでしょう、それに歳の差も随分あるでしょうに。
息子が要らんかったら俺が貰う的なスタンスだったのでしょうか。
とにかく、こんなに一方的な縁談など、国際関係に火種が生じます。
恐らくシオンでは、主に王妃陛下とフィリップ殿下がお怒りでいらっしゃるでしょうね。
王子殿下のお部屋に通されて、もてなしを受ける事になりました。
これからはこの小さな王子殿下のお部屋の隣に私のお部屋を賜るとの事です。
ミッドガルド王は本気で私をこの小さな王子殿下の妃にするつもりなのでしょうか。
「アンジェ姫、遠くから遙々来てくれてありがとう」
まだお小さいのに、しっかりとご挨拶をされます。
「そのう、フリード殿下。私のような年長が宜しいのでしょうか」
そう尋ねると、殿下は頷かれました。
「俺には母上が居ないから」
―――おや。
そういえばミッドガルドの王妃が不在というのは聞き及んでおりましたけれど。
やはり私に母親役を望んでおられたのでしょうか。
「妃は母親にはなれませんよ」
「母親になってほしいわけではない」
おかしいですわ。
言葉は通じてるようなのに、話が通じてないようです。
「俺と結婚して、ミッドガルドとリンゼイの子を産んでほしい」
益々頭痛がします。
それなら何故ヘルベルト陛下の妃じゃないのでしょう。
「でもそんなの遠い先の話ではないですか」
「大陸統一には必要な事なのだ」
こんな幼い子の口から大陸統一などという言葉が出てくるのが何だか変な感じがします。
「まあ…私の存在価値なんてそんなもんですよね」
家を継いで。
領地を治めて。
有能であれと言われ続けて誰かの役に立って。
「アンジェ姫は可愛いではないか」
「…」
唐突にそう言われて戸惑いました。
この小さな王子から見て、私が可愛いと?
目が腐っておいでなのでしょうか。
「可愛い…ですか?私が?」
「うん。俺の妃になってほしいと思う位には。それにミッドガルド語も堪能で、頭が良い人だってのはよくわかる」
「賢しい女は可愛げが無いのではないですか」
「誰にそんな事言われたの」
元婚約者とか。
「そんな事言う奴の方がおかしいんだよ。気にしちゃだめだ」
あら。
小さいのに随分と立派なお考えです。
「貴女は美しさも可愛さも優秀さもひけらかさない。父上の妃達は自分が一番としょっちゅう諍いを起こしていてね。国や国王を一番と考えられない妃達は危険分子だと処分されたんだ」
しょっ…!?
何か今凄く物騒な言葉が聴こえた気がするのですが!
「その中には俺の母上も含まれていた」
「それはつい最近の話ですか。少なくともフリード殿下がお生まれになった後の事でしょう?」
うん、と殿下が頷かれます。
「俺が生まれた後というのは間違いない」
妙に引っ掛かる言い方です。
「それからは父上はすっかり女性不信に陥ってしまわれた。それで神話の時代のリンゼイの女王に理想を見出されて」
「で、リンゼイの王家の血を引く姫を輿入れさせようとなさったわけですか」
「本来ミッドガルド王とリンゼイ女王が結ばれてこそ、平和と繁栄が大陸に齎されるのだから」
確かに大国同士が結ばれれば戦争のない世界が実現する近道になるでしょう。
「では何故、大国が反目し合うようになったのでしょう」
私の質問に、年齢に見合わず大人びた王子殿下が答えてくれます。
「さっきの話にそのヒントがあっただろう?『妃達』が一番を争ったと。一番があるという事は二番三番以下が存在するという事。女王は一番ではなく唯一でなければいけなかった」
―――あ!
リンゼイ王家だけが作れる、御子ができなくなる薬。
あれは、『唯一』以外を許さないための物だったんだわ。
「ミッドガルドの先祖は欲が深すぎた。只一人を愛することも満足にできないなんて、それで遍く愛の元に平和や繁栄なんて齎せるわけがない」
何だか納得してしまいました。
「ですが王子、この状況も決して良い状況とは言えません。私には婚約者が居ましたし、政略といえ私達は確かに愛し合っておりました。それを引き裂くような形で私をミッドガルドに連れて来られたのですから、そこに唯一の愛なんてものは生まれないでしょう」
「そう…か。姫には愛する御方が居たのだな」
「はい」
そう答えると、悔しそうに顔を歪ませられました。
婚約を解消してここに連れて来られたのですから、そうだったとしてもおかしくないでしょうに。
「それに、今日会ったばかりでフリ-ド殿下が私を愛しているというのは信じられません。御自身の中での理想の状況を考えておられたからではありませんか」




