35 可愛げ満載の王子様がいらっしゃいました
ミッドガルドに着くまでに10日以上かかりました。
陸路だけでなく船にも乗りました。
海って大きいんですねえ。
私に輿入れをと望んだ国王は、道中私には殆ど何も話してきませんでした。
本当に妃として迎え入れるつもりなのか、全く意図がわかりません。
いえ、別に構って欲しいわけではないのでいいんですけども。
もしも海路を使わないとミッドガルドまでひと月はかかるそうです。
確かにトーエンを敵にしたらこの快適さは失われるので、ミッドガルドは避けたいところでしょう。
トーエンは僅かな土地しかありませんので、海産資源と通行料を主な資金調達手段にしています。
それでも、我がサノーバ侯爵家のインフラ技術なら、危険も伴う海路を使わなくて済むかもしれません。
するとトーエンを擁する価値が下がり、逆にシオンのサノーバが狙われる可能性が出てきます。
これが国王陛下が我がサノーバ侯爵を囲い込もうとしたがった理由でした。
逆に言えば、サノーバ侯爵とトーエンの両方を手にすれば、大陸内の交通インフラは支配したも同然です。
戦争で手を血に染めることなく、支配が可能になるわけです。
なので、シオン王家は私を手に入れたところでナミア様の輿入れの価値は全くなくなるわけではありません。
寧ろ私とセットの方が大変お得ということになるのです。
…王太子殿下ががっついてくる筈です。
あの王太子殿下は正しく王の器という事なのでしょう。
初めてやって来るミッドガルドは埃っぽい感じがします。
美しく洗練されたシオンとは趣が全然違います。
幸い、私は幼い頃から大陸の各国の言語を勉強して来ていましたので道を行き交う人達の話し声も聞き取れます。
「妃殿下がミッドガルド語を話される方で良かったです」
ウィルヘルミナがほっとしたようにそう言ってきました。
「サノーバ侯爵家は事業の為に外国人と話し合う機会も多かったのです。必然的に私にも幼い頃から語学を学ぶよう求められました」
色々な知識や教養を身に付けた私に、公爵家の三男が劣等感を感じて可愛げが無いと思っても仕方が無かったでしょう。
私にはそれが生きる術だったのですから。
ミッドガルドの城門をくぐり、城の入り口に辿り着くまでに随分かかりました。
「長旅ご苦労であった、アンジェ姫」
先に馬から降りたヘルベルト王が、私が馬車を降りる為に手を差し伸べられました。
「あのう、陛下。私は陛下の妃に望まれたのでしょうか」
手を取る前に確認しておきたいのです。
「其方に会わせたい者が居る。それから決める事にする」
…?
どういうことでしょう?
王の帰還で、城がばたばたと慌ただしくなっています。
それでも陛下の後に続く私達にも衛兵や侍従達が深々と礼を取って出迎えてくれます。
先んじて早馬で報せが届いているのか、先導の侍従長は落ち着いて廊下を進みます。
私は頭の中で地図を描き、通った道を覚えておくようにします。
インフラ事業に関わっているせいで、地図の重要性を嫌という程知っておりますので。
突当たりの大きな扉を開けると、そこは玉座の間でした。
既に玉座には小さな男の子が座っています。
先程陛下が仰った会わせたい者とはこの子の事でしょうか。
「フリード、今還った」
ぶっきらぼうに陛下が声をかけると、男の子はぴょんと玉座から降りました。
「お帰りなさい父上。随分とごゆっくりでしたね」
待ちくたびれたと言わんばかりに不機嫌そうな口調ですが、小さい子が精一杯背伸びをしているようで可愛らしいです。
可愛らしさでは私もこの子には及ばないでしょう。
大人げないですがなんか悔しいです。
「早馬で報せた通り、リンゼイの血を引くアンジェ姫を我が国に迎える」
「ふうん」
男の子は品定めでもするかのようにじろじろと私を見てきます。
「俺はフリード。それで貴女は俺の新しい母親になるの?それとも俺の妃になるの?」
自己紹介もまだしてないんですが、答えに困る質問をされました。
―――今何と仰いました?
”俺の妃”って聞こえたような気がしたのですが。
そのどっちにしても輿入れですよね。
いえ、今はそういう問題ではないんですけど。
「ええと…どっちでしょう?私は陛下に求婚されておりませんのでよくわからないのです」
そう言うと男の子はぱあっと顔を輝かせました。
「じゃあ父上、この子俺の妃にしてもいいよね」
「アンジェ姫を気に入ったのか」
「うん!」
にこにこと私に近付いて手を取って男の子は私に微笑みます。
「宜しくね、アンジェ姫。僕のお妃様」
「はい、宜しくお願いいたします?」
フリード王子が婚姻を挙げられる齢まであと何年かかるのでしょう。
少なくとも10年は見積もった方がいいでしょうね。
私、その頃にはオバサンになっちゃいますわ。
その前に、私はもうフィリップ殿下の妃なんですけどね。




