33 三人目の侍女は謎めいています
「緊急事態です」
婚礼式が終わった礼拝堂の騒ぎは侍従長から控えの間に居た侍女長達に伝えられた。
「サノーバ侯爵がアンジェ殿下と間違われてミッドガルドに輿入れされるように国王に求められております」
それを聞いて卒倒しそうになったのはアンナだった。
「どどどどうしてお嬢様が」
色々原因はあるだろう。
新公爵の横に立っていた事、リンゼイ王家の色を纏ったいでたちであった事等。
「ともかく王女殿下と間違われたのは僥倖と思う事にしました。利発なサノーバ候ならば時間も稼いでくれると思っています」
「そんな…お嬢様…」
「急ぎミッドガルドに帯同する侍女を選抜いたします」
「あの、私もお嬢様に着いて行きたいです!」
そう申し出たアンナを侍女長はぎろりと睨む。
「貴女はだめです。うっかりお嬢様などと言いでもしたら貴女には責任が取れないでしょう」
習慣というのは恐ろしい物で、長年沁みついてしまったものはそう簡単に取れそうもない。
「それに、もうサノーバ候はお嬢様とお呼びして良い御方ではありません。フィリップ第二王子妃殿下です」
侍従長の言葉に、一同は息を呑む。
「先程、王子殿下が婚姻の書類をお持ちしました。予てから殿下が用意させていたもので、既に御自身の署名は済んでおられます」
「それでは、サノーバ侯爵は、もう…」
「礼拝堂には未だ司祭様が残っておられましたので、速やかに婚姻証書を受理していただきました」
王太子殿下の婚礼式だったことが幸いした。
「殿下…王子妃殿下…」
ぶつぶつとアンナが繰り返している。
「侍女長様。やはり私も行かせてください!妃殿下の信頼に誰よりも応えられるのは私であると自負しております」
確かに、ウッカリを出さなければ最も信用ができる侍女ではある。
「わかりました。貴女と、アンジェ殿下付の侍女…ウィルヘルミナ、貴女にもお願いします。そしてもう一人…」
指名を受けて頭を下げるウィルヘルミナ。
言葉を遮るように、金色の長髪を揺らめかせた麗人が進み出た。
「貴方は…」
「私も妃殿下の侍女として帯同したく存じ上げます、ヘンリエッタ侍女長殿」
落ち着いたトーンの声。
男性の装いをしているけど、女性なのだろうか。
侍女長はなぜ自分の名を知っているのかと訝しんでいたが、侍従長がハッとして何かに気付いたようだった。
「貴方様は…」
そういう侍従長に目配せをしてにこっと微笑んだ。
余計な事を言うなという事なのだろう。
「侍女長、この御方は信頼できる方です」
そして何やら侍女長に耳打ちをしている。
一瞬侍女長が驚いて目を見開いたが、すぐに平然とした表情に戻る。
流石はプロフェッショナルである。
「わかりました。では貴女も…」
「メルとお呼びください」
「メルにも妃殿下の帯同を命じます。アンナ、ウィルヘルミナ、共に妃殿下をお守りするように」
はい!と侍女達の声が上がります。
一番驚き不安なのはエヴァンジェリンの筈。
自分達がおろおろしているようでは大切な主を守れない。
ウィルヘルミナについては、アンジェの降嫁後は元々第二王子妃付に配置換えになる予定だったので特に問題はなかった。
メルは身支度をする時間が必要だったし、他の2人も持ち物の用意が必要で、急いで準備に取り掛かった。
そして3人の侍女は途中でフィリップと合流して、ミッドガルド王とエヴァンジェリンの待つ応接室に向かうのだった。
フィリップは一緒に居たメルを見て、少し驚きはしたもののふと笑みをこぼした。
「君がいてくれるなら…くれぐれもエヴィを頼む」
「御意」
その遣り取りを見て、アンナとウィルヘルミナは先刻侍従長が言っていたように、このメルという人は信頼できる方なのだろう、と思うに至った。




