24 王妃陛下は感情より利を取られるお方です
周囲の見方はさておき、ナバールの側近や侍従達には王太子の所業は我儘に尽きた。
仕事こそそこそこできても、責任感に於いては全く信用が無かった。
その分、妃のマルガレーテが有能であり誠実であったので、異国から嫁いできた王女であっても何とかナバールの傍仕えをやってきていた。
無事にナバールが国王の座に就けたのも、本当の所マルガレーテ妃の力が大きかった。
その頃は成婚して2年は経っていたが、王妃の懐妊の兆候は全くなかった。
国民の風当たりはそろそろ出始めていたが、まさか務めを果たしていないのが国王の方だったとは国民は知る由もない。
知っていたのは側近や侍従、侍女達である。
何度ナバールに苦言を呈しても、その気になれないのだから仕方がないと返されるばかりで周囲は途方に暮れていた。
婚姻もして王座に就いたというのに、いつまで子供じみた学生気分が抜けないんだ。
蔑ろにされてきた学生時代を送ってきたからこそ、伴侶となったナバールにマルガレーテは腹を立てる。
愛のない結婚を強要されたのは自分だって同じだ。
それを1人だけ勝手に被害者面しないでほしい。
業を煮やしたのはマルガレーテが先だった。
このままずるずるとナバールの我儘をさせ放題にしておけば、そのうち自分が子を産めなくなる年齢になってしまう。
そして、マルガレーテは動いた。
その日の朝議はいつもと様子が違った。
本来国王が座する玉座にはマルガレーテが居り、トール伯爵は令嬢のシルビアを伴っていた。
後から議場に入って来たナバールは、いつもならマルガレーテが座る王配の座に座るようにと指示された。
何事かと尋ねようとして、シルビアの姿を見つけてぎょっとしたナバールは言われるがままにした。
婚姻後はおおっぴらに恋人を呼びつける訳にもいかず、隠し通路を使って城外に出て人目を忍んでシルビアと逢引きをしていたのをマルガレーテも知っていたが黙認していた。
それまで王妃に露見していない確証はなかったが、この場にシルビアがいるということは全てをわかっていての事だと漸くナバールは理解した。
「国王陛下には大切な役目を放棄されており、私も心を痛めております」
直接にどうとは言わないが、トール伯爵令嬢の場にそぐわない登城が全てを物語っていた。
「このまま陛下が私との御子を為すことを拒むのなら、シオンとリンゼイの両国関係に亀裂を入れる意思があるものと判断せざるを得ません」
そこで諸侯が騒めく。
王妃陛下に御子ができないのは国王陛下に原因があったのだと知らしめられた。
そして何故トール伯爵令嬢がこの場に居るのかを考えたら、因果関係は自ずと知れた。
「そんな、つもりは…っ」
「あら、お考えになったことは一度もなかったのですか?御自身の行動を思い返してみてくださいませ」
マルガレーテに踏み込まれ、俯いたナバールの顔色は頗る悪い。
「このまま徒に時が過ぎて行けば、シオンとリンゼイが交わした盟約も無効となりかねません。そこで、トール伯爵」
王妃に名前を呼ばれ、議席に居るトール伯爵が緊張しながら立ち上がった。
「貴方にお力を貸していただきたいのです。もっと具体的に言えば、シルビア嬢のお力を」
「王妃陛下、それはどういう…」
焦るトール伯爵に、マルガレーテは氷のようなアイスブルーの目をすっと細めた。
「国王陛下の傍に侍り、お慰めしていただきたいのです」
そう言うとトール伯爵の顔は青ざめ、横に居たシルビアは嬉しそうに顔を輝かせる。
「王妃陛下、本当に!?ナバール様の傍に居ていいんですか!?」
無礼な娘、とマルガレーテの眉間に皺が寄る。
「トール伯爵。ご存知の事とは思いますが、学生時代にシルビア嬢は陛下と懇意にしておられる仲でした。陛下だけでなく、陛下の側近達とも気心が知れているようで。私もその様子を直に見て参りましたので間違いございませんわ」
「ははっ…」
伯爵にしてみれば、当時は娘が多くの男子生徒と仲良くなって婚約破棄騒ぎが多家で起こり、賠償問題に発展して社交界で一大スキャンダルとなった。
噂は流石に落ち着いたが、既に問題のある疵物令嬢として有名になってしまい、まともな縁談は結べそうもない。
それどころか賠償で借金まみれになってしまったのである。
「そこでどうでしょう。シルビア嬢をシオン王家に献上していただくのは。私個人からも支度金を出させていただきますわ」
トール伯爵にしたら断わる理由など無い。
寧ろありがたい話だった。
「ありがたき幸せにございます、王妃陛下」
深々と頭を下げるトール伯爵に満足したように、マルガレーテが頷いた。




