23 王妃陛下も苦労をされたようです
23年前、シオン国の王太子はリンゼイ国より王女マルガレーテを妃に迎えた。
王家の婚姻相手には政略で選ばれることが多い。
シオン国は大きくも小さくもなく、長年戦争とは無縁にあったので技術が発達して産業も盛んで豊かに栄えてきた。
それは偏に大国リンゼイが覇権を争うもうひとつの大国ミッドガルドと常に緊張状態にあり、絶えず大なり小なりの戦争を繰り返してきていてミッドガルドの侵攻からシオンを庇護してきたおかげでもある。
安全保障の為にリンゼイの王女を妃に迎え入れ、シオンの技術や富がミッドガルドに奪われる事のないようにしてきた。
両国の結びつきでシオンは平和を、リンゼイは富をそれぞれ手に入れた。
だから王太子の婚姻は何者にも壊されてはならなかった。
遡ってその3年前、輿入れ前にマルガレーテがシオンに留学してきた。
シオンの王家に嫁ぐのに、シオンの国の王侯貴族達とも交流をし、文化や様々な事を学ぶ為でもあった。
婚約者となったシオンの王太子、ナバールはマルガレーテより一歳年上で同じシオン王立貴族学院で学ぶことになった。
ただ、ナバールには同学年にシルビア・トール伯爵令嬢という懇意にしている令嬢が居た。
王太子という若くして重圧を感じる地位にあって、ほんわかと癒される存在として手放したがらなかったのだ。
政略で大国の姫を妃に迎えなければならない。
それはマルガレーテも同じ筈なのに、ナバールはこの地位のせいで望まぬ相手と婚姻をしなければならないのは気が重かった。
個人の幸せを求める事は、王家の人間には許されていない。
わかっていてもナバールはシルビアに執着し、マルガレーテの心情を害する学園生活を送ることになる。
マルガレーテはきっちりと大国の王女としての教育を受けてきた淑女であったので、たとえ婚約者が他の令嬢と仲良くしていても、それを咎めたり割って入ることはしなかった。
相手も王族なのだから、自分の役目くらいはきちんと理解しているだろうとナバールを尊重して。
何より、マルガレーテは政略の相手に特に恋愛感情もなく、嫉妬すらしなかったのだ。
王太子の周囲も口を酸っぱくしてシルビアと特別な関係にならないようにと言い聞かせ続け、目も光らせて来た。
マルガレーテは振り返った時に、あの時にきちんと距離を取らせておけばよかったと思ってはいたものの、王太子殿下を愛してもいない貴女が殿下の御心を慰める事が出来るのかと言われてしまえばそれもそうだと受け入れざるを得ない。
自分にできないことをあの伯爵令嬢はやっているのだと思うと、何もかもをナバールから奪えば恨まれるのは自分の方だとわかってしまう。
万が一にも殿下の御子を身籠るようなことがあればリンゼイに対する敵意と取られて処刑されるところだが、そのような事もなく黙認するしかなかった。
そうして王太子は伯爵令嬢に心を残したままマルガレーテと婚姻し、王位を継いだ。
大国の王女として生まれたマルガレーテには常に暗殺の危険があった。
それは彼女の兄の王太子も同じだった。
厄介な事に父王の愛妾にミッドガルドの密偵が紛れ込んでいたのだ。
それに気付いた王太子のベルトランは、マルガレーテの安全を確保するべく、シオン国の王太子との婚姻を打診することにした。
大国からの申し出に、シオンの王家は否やもない。
リンゼイの庇護を得られる政略結婚。
双方の利を取った、両国から歓迎される婚姻だった。
ほどなくしてリンゼイの国王は暗殺されることになる。
王位に就いたベルトランはミッドガルドの密偵と思しき人間を徹底的に炙り出し、処刑した。
安易に他者を信じない新王、ベルトラン。
その信頼を得るためにもシオンはマルガレーテが必要だった。
王太子ナバールの心情はどうであれ、マルガレーテはシオンの国民から熱狂的に支持された。
王妃様も悪役令嬢役だったのでしょうね。
こういう方が報われて欲しいと思います。




