22 何が幸せかなんて当人にしかわからないのです
いつの間にか姿を消してしまったカタリナを探していたガスパールは、夜になって戻って来たカタリナに安堵からか随分と責め立ててしまった。
しかも自分で娼館で働くことを決めて来たというと怒る気力もなくなり、カタリナの言うまま住まいも娼館に移ることになった。
最初の頃はカタリナの肌艶も良く、多くの客を取れたので大金を稼げた。
逃げないようにと娼館から出ることは許されなかったが、そこそこの生活ができていた。
数年も経つと若さで輝いていた美貌はくすんでしまい、栄養状態も侯爵家に居た頃とは段違いに悪くなって最初の頃のように客を取れなくなった。
ガスパールも同様で、容姿で客を集めていた頃の輝かしさは徐々に失われ、それもできなくなった。
ただ二人とも積み上げた実績だけはあったのでそれなりに使える労働力としては置き続けて貰えた。
離婚することもできないのでカタリナも金持ちの旦那に身請けしてもらう事も適わず、貧しいながらも細々と娼館で暮らしていた。
やがてカタリナは子こそできなかったものの病気になり、医者にかかることもできないまま儚くなった。
公爵家と侯爵家を出てから8年。
可愛げと美しさで選んだ筈の妻は他の男と共有する形になり、病気を避けるために夫婦関係もなくなった。
その可愛げも褪せてしまい、何故あの時次期侯爵の婚約者を捨ててしまったのかとガスパールは悔やむことになる。
どの道すぐに可愛さも失われてしまうものなら、エヴァンジェリンと婚姻した方がどれだけ豊かに暮らして行けただろう。
次期侯爵の夫として、領地にも子供にも恵まれ、大勢の人に傅かれながら送る人生の筈だった。
―――せめてカタリナだけでも幸せに。
最後にそう言ったエヴァンジェリンの声が思い出された。
何故あの時、自分があんな選択をしたのか。
間違えたのはたった一つの筈だったのに。
公爵家の影が周辺にいつも居るので別の女性との再婚も敵わない。
「公爵家の種を安易にばら撒かれては困るからとの閣下よりの意向を承っている」
影が接触してきた時、そのように告げられた。
実家である公爵家には王家の血が入るのだ。
妙な者との血縁ができては困る。
見張っているから滅多な事は許されないぞという脅しでもあった。
高貴な血を持って生まれた者は、その血に責任を持つ。
身分を落とされても、その血はどこまでも自分に付き纏う。
「カタリナは幸せだったのだろうか」
平民用の共同墓地に葬られたカタリナに、ガスパールは独り話しかけた。
そうだといいと思いながら。
でなければ、自分は誰一人幸せにできなかった甲斐性なしのままで一生を終えるのだ。
長年勤めた食堂の店主が亡くなった。
その臨終の場に居たガスパールも、店主から労いの言葉を掛けられた。
「あんたが訳ありなのはわかっていた。長い間、店を支えてくれてありがとう」
その言葉を残して店主は旅立った。
食堂は娘夫婦が継ぐらしい。
娘はガスパールに引き続き店を支えてくれと頼み、ガスパールもそれを引き受けた。
誰かに必要とされ、誰かに感謝される。
それがどれだけ幸せな事か。
傲慢だった公爵子息の頃には持てなかった感情だ。
ガスパールはひっそりと生き、市井で生涯を終えた。
カタリナの眠る墓の傍で。




