18 ガスパールは勘違いをしていました
「国王陛下からの沙汰が下された。ガスパール、お前から貴族籍を廃する」
サノーバ侯爵家で婚約者のエヴァンジェリンに妹のカタリナ嬢との婚約者交代を申し出に行った後帰宅したら、お父様に呼び出された。
そういえばエヴァンジェリンも王命に背くのがどうとか言ってたけど、どうしてそこまで大事になるのかわからない。
「お父様、落ち着いてください。何もサノーバ侯爵令嬢との婚約を破棄しようというのではなくて、交代をしようとしただけです」
何もわかっていない風の三男の言葉に、エディン公爵は眉を吊り上げる。
「交代とは?サノーバ侯爵家に交代できるような御令嬢は他におらん」
「エヴァンジェリンの妹のカタリナですよ。あの子の方がずっと美しくて朗らかで、社交界に出ても人気者になりますよ」
はあ、とエディン公は溜息を吐く。
「サノーバ侯爵家の御令嬢はエヴァンジェリン嬢ひとりしかおらん」
「は?」
随分と間抜けな返事をしてしまった。
「サノーバ侯爵夫人亡き後に侯爵が連れ込んだ平民の愛妾とその連れ子の娘ならいるが」
「平民、の、娘…」
そこで漸く、ガスパールは自分が選んだ相手が平民だと気が付いた。
「こんな話、別にするまでもないと思ってしてこなかっただけだ。王命に従い、政略結婚をしていれば別に知らなくても差し支えない他家のスキャンダルに過ぎないからな。お前は結婚して公爵家を出れば身分を持たなくなるというのに、何故次期女侯爵の夫という身分を蹴ってまで平民の女に入れあげたのだ」
知らなかった。
いつもカタリナがエヴァンジェリンをお姉様と呼んでいるからてっきり侯爵家の娘だと思っていた。
「本当の妹でもないのに、エヴァンジェリン嬢は懐が深く優しい方だ。姉と呼ぶことを平民の娘に許していたのだから」
「そんな…では、今から侯爵家に赴き、婚約破棄の撤回をしてきます!」
「もう遅い。既に国王陛下の耳に入っていることを今更撤回しても決定は覆らん」
「公爵家から圧力を掛ければ、侯爵だって聞き入れて貰えると…!」
そう言い放ったガスパールの頬をエディン公爵が打った。
「未だわからないのか!」
わからない。
わかりたくない。
そんなことぐらいで貴族籍を抜かれてしまうなんて。
もう一度エヴァンジェリンに掛け合ってみよう。
あんな可愛げのない女、僕が居なきゃどうせ嫁の貰い手だってない筈だ。
僕が嫌気がさしたくらいなんだ。
そう思ったガスパールは、急ぎ侯爵家に向かった。
幼い頃に王命で婚約を結んだからエヴァンジェリンには他に縁談が来なかっただけで、特筆して不細工でもなく優秀で次期侯爵の地位も持っている彼女は間違いなく結婚相手には超優良物件だった。
それすら理解せず、ずっと公爵家の子息という威光をかさに着てエヴァンジェリンに対して居丈高に振る舞ってきたのだ。
本当にわかってないのはガスパールの方だった。
侯爵家では誰もガスパールを迎え入れようとしなかった。
裏口から手引きをしたのはカタリナだった。
「ガスパール様、私に会いに来てくれたのね」
姉との婚約破棄をしたのだから、ここに来るなら自分に会う用事しかないとカタリナは思い込んでいた。
「エヴァンジェリンに会わせてくれ。早急に話がしたい」
そういうとカタリナは顔色を変えた。
「どういうこと?もうお姉様とは婚約者じゃないんでしょう?」
「婚約破棄は撤回だ」
ガスパールがいつものように自分に優しく微笑んでいるのではないのを見て、カタリナは取り乱した。
「このままでは貴族籍を抜かれてしまうんだ。僕が王命の婚約を破棄したから」
「そんな…」
呆然とするカタリナを置いて、ガスパールはエヴァンジェリンの部屋に向かう。
いつの間にやら邸に入り込んだガスパールを見つけ、執事のアルバートが呼び止めるがその声も振り切った。
「お待ちください、エディン公爵令息様!」
止めようとしたアルバートより先に、ガスパールはエヴァンジェリンの部屋に飛び込んだ。




