17 決して敵に回してはいけない方はあの方です
「最初の御子、兄上を身籠るまでに大分時間がかかったようで、父上の精神的な安寧を齎す目的で側妃を置くことが薦められたんだ。側妃には御子ができない薬を飲ませる事を条件に、母上がそれを許された。ほどなくして兄上を身籠られ、僕とアンジェも生まれて国が安泰になったというわけ」
何ともまあ…そりゃあ陛下だって人の子ではございましょうとも。
「側妃様方だってリンゼイ国を敵に回すような真似はされたくないだろうから、母上の不興を買う事はしないのが結局は自分自身と家の為になるとお考えになった。けどね…」
ああ、そうよね。
容色が衰えたら女として見られなくなるという殿方も少なからずいますわね。
「結局父上も、個としての自分がある時間が必要だったんだろうね。アンジェなんて今では父上を汚らわしいものでも見る様な目で見ているし」
誰だってそんなに人は強くないものだから。
「殿下は、そういう国王陛下のなさりようには理解をされておりますの?」
その問いには「いや、」とお答えになりました。
私が将来、容色が衰えた時に他の女性に走られるのは困りますから。
「僕は第二王子だから将来は王弟になる。だから望む令嬢と婚姻できないなら生涯独身を貫く事も許されるかもしれない。でも父上や兄上は違う。政略でも王家の血は残さなければならない」
アンジェ様は陛下を欲に塗れた恥ずかしい方のように仰っておられましたけど、国王という地位は孤独でもありますのね。
「気付いていた?僕達兄弟は皆同じ母上の子だ。ということは、僕達は皆、シオン国とリンゼイ国の両方の王家の血を引いているってこと」
「あ!」
わかってしまいましたわ…王妃陛下の賢明さが。
側妃方に御子ができないようにされたのもその為で、決して悋気のせいではなかったのですね。
しかも御自身の懐妊の為に夫に側妃を置くことも厭わない決断をされる御方。
そりゃあ、これだけ器が違う方なら誰も王妃陛下に頭が上がらないですわね。
「それで今度は僕から質問をしたいんだけど」
「はい、何でございましょうか」
こほん、と殿下が咳払いをされました。
「その、貴女は僕の妃になるのだし、…名前で呼んでも?」
おずおずと仰る様が、つい可愛らしいと思ってしまいました。
「はい、殿下」
そう返事をすると、ちょっと殿下がムッとされます。
何故ですの?
「”殿下”は無しにしてくれ。公の場だけでいい。僕も名前で呼んで欲しい」
「では、フィリップ様?」
「うーん、ちょっと硬いな…フィル、と」
「フィル様」
「様も無しで」
「フィル…」
ええ、いきなり近くないですか。
「れ、練習いたしますわ。フィル…フィル」
「嬉しい。貴女が僕の名をそう呼んでくれて」
今度はいきなり満面の笑みです。
「僕も貴女をエヴィと呼んでも?アンジェが貴女をエヴァ様なんて呼んでるから同じ呼び方だとなんか癪に障る。『僕だけの』感がなくなって」
何故アンジェ様に対抗心を燃やされてるのかよくわかりませんが、それで喜んでいただけるのならお安いものです。
「はい、フィルの良いようにお呼びください」
「ありがとう、エヴィ!僕の、僕だけのエヴィってやっと言える!」
あああああ、ギュウ抱きは勘弁してくださいませ。
ほら、ノリス卿が砂漠に住む動物のような目をしていらっしゃいますわ。




