10 後悔は後で悔やむからこそ後悔というのです
嵐のような第二王子の来訪から、ランセットの胸中は荒れている。
エヴァンジェリンが疵物にならずに済むのはありがたい事だ。
けれど自分自身には選択を迫られている。
このまま愛妾のナタリーを傍に置くならば、貴族の身分を剥奪される。
平民となってしまっては、彼女を養っていくこともままならない。
貴族だからこそ妾を囲う事もできた。
王家の意向は愛妾ナタリーとその娘カタリナに対する援助の禁止なのだから当たり前の措置だ。
ナタリーとカタリナには貴族の身分はあげられない。
だからこそその他の部分で与えてあげたかった。
それが間違いの元だった。
実の娘には妾の娘にあれこれ譲らせた。
施すことも貴族の務めと言えば納得してくれた。
同じ家の中で、身分の差と待遇の差が生じていた。
同じ年頃の連れ子に何でも譲らされる娘の気持ちは。
深く考えた事が無かった。
そして連れ子を無遠慮に奪ってはいけないものまで奪うモンスターに仕立て上げたのは、他ならぬ自分達だ。
奪われたものにたいして、エヴァンジェリンが少しも心を痛めていなかったとは思えない。
そんな傷付いた心を庇うように、周囲を突き放すようになってしまったのだ。
可愛げがないと言われても、彼女の責任ではない。
そしてランセットは自分さえ幸福であればいいと思ってきた自分に気付いた。
それは侯爵家の長として、領主として最もやってはいけない事ではなかったか。
幼かった娘ですら、カタリナを甘やかすのは彼女の為にならないと言って来ていたのにそれを無視したのは自分だ。
結果としてサノーバ侯爵家は取り潰しの危機に陥り、娘の指摘が正しかったと証明された。
娘のエヴァンジェリンは、自分よりも大人の判断ができていた。
ならば自分のやるべきことは。
やりたいことは何でも出来ると傲岸不遜にも考えて来たツケが回って来た。
これ以上、娘に負債を負わせることはしたくない。
侯爵として、父として出来る限りのことを娘に残したい。
エヴァンジェリンには王家の中で小さくなって生きるのではなく、未来の女侯爵として堂々と歩いてほしい。
自分の些細なエゴで家も娘も潰すのは貴族としてやってはいけない事だと漸く決断ができた。
ナタリーが暮らす彼女の自室に足を向ける。
カタリナの放遂後、ナタリーの居室を本邸ではなく離れの別邸に移した。
最初からこうしていればよかった。
そうすれば妾もその娘も妙な勘違いや余計な願望を持つ事も無かった。
でももう全ては遅きに失している。
離れの別邸は、使用人も最小限にしていた。
元より愛妾というだけで身分は使用人より低い平民の女だ。
侯爵家の使用人は殆どが下位貴族の家の出自の者が多い。
高位貴族家に入り込むのは信用の置ける者に限られるのが常だからだ。
「やっとお越しいただけましたのね、侯爵閣下」
一方的に王家の沙汰により娘と引き離されてしまったナタリーは、ランセットという味方が居なくなってしまっては心許無い。
平民ゆえの気安さからか、国王の沙汰が酷いと愚痴ることはあってもランセットはそれには同意できなかった。
貴族であれば当然の事だった。
その場で家が取り潰されなかっただけマシだ。
「あの子は愛らしく育ち、そして高位貴族の子息に愛された。それだけですのに」
こうなってもまだ尚孫の顔も見たかった等と世迷言を抜かすので、これが身分の差なのだと今更ながらに実感して溜息が出た。
ナタリーは母親として、美しく愛らしくあれば自分の様に高位貴族に見初められて良い暮らしができるという成功体験を娘に見せていた。




