1 貴族の婚約に可愛げは必要ですか
久しぶりの投稿です。
宜しくお願いいたします。
「今、何と仰いました?ガスパール様」
いつものようにうららかな陽の光が降り注ぐ中庭に面したテラスでお茶をいただいていた午後のひと時。
向かいに座っているのは7年前に私の婚約者となったエディン公爵家の子息、ガスパール様だ。
いつもと違うのは、彼の横に妹のカタリナが座っている事だ。
「エヴァンジェリン、君との婚約を破棄したい。君の妹のカタリナ嬢は君と違って愛らしいから政略で婚約が結ばれた君より愛のある家庭を作れると思うんだ」
カタリナは勝ち誇ったようにニヤニヤしている。
はあ、と溜息が出た。
「どうせ政略なんだから、姉妹で婚約者を交代しても差支えないだろう?同じサノーバ侯爵家の令嬢と婚約を結ぶんだから」
お気楽な公爵家の三男だとは思ってはいたけど、ここまで愚かだとは思ってなかった。
「ガスパール様、私達の婚約は王命に依るものです。それに近々カタリナはお父様の決めたお相手との婚約が調うはずですが」
「その婚約話が嫌で僕に泣きついてきたんだよ。酷い話じゃないか、高齢のデジナ公爵の後妻にだなんて」
うちの侯爵家の事情に、他人に首を突っ込んで貰いたくない。
それに同じ侯爵家の娘というが、私と妹では意味合いが違うのだ。
サノーバ侯爵家は子供は私と妹の二人しかいないので、私が侯爵家を継ぐように子供の頃から教育されてきた。
カタリナは私の母の死後に父侯爵が連れて来た、元商家の娘だった愛妾の連れ子だ。
それゆえにカタリナには侯爵家の血が一滴たりとも流れていないため、父もその辺りは貴族の常識は持ち合わせているらしく、家を継ぐ子としては育ててきていなかった。
厳しい上流貴族の教育を嫌がり、何でも私のものを欲しがっては父に甘やかされてそれを許され我儘に育ち、愛嬌と可愛さだけが取り柄の娘になった。
だからこそそんな娘でも良いという、ほぼ愛玩用にしか足りないであろう妹を高齢の公爵に嫁がせる事にしたらしい。
少なくとも公爵家の後妻に納まればカタリナも贅沢な暮らしをしていけるだろう。
身分を持たない妾の連れ子への父なりの愛情だった。
そしてガスパール様は今でこそ公爵家の子息だが、結婚すれば公爵家の名を名乗ることは許されない。
継がせてもらえるのはせいぜい子爵位くらいで、領地も心許無く手に余らせる。
それならばサノーバ家の跡取り娘婿になった方が子爵領もうちの事業に組み込まれて活用ができる為、7年前に王命に依って私達の婚約が結ばれたのだ。
政略というのは家と家との結びつきで、何よりも利害が発生するからこそ組まれた契約だ。
勝手に破棄したり相手を替えたりして良い物ではない。
そりゃあカタリナは平民とはいえ父が見初めた美貌の義母の娘だから私の目から見ても愛らしい。
ニコニコしながらあれが欲しいと可愛く強請り、涙を浮かべてあれがどうして手に入らないのと被害者ぶり、そして父も義母も私には我慢をさせ何でもカタリナに譲れと言い続けてきたのだから手に入らないものは何もなかった。
対して私は最初から侯爵家の後継ぎとして教育されてきたのだから領地の経営や家の事業にも早くから関わって来た。
蝶よ花よと育てられたカタリナとは雰囲気すらも違って当然だ。
自分で言うのもなんだが、しっかり者と言われることはあっても可愛いと言われたことはない。
そう言われるのは専らカタリナの役目だった。
エディン公爵が持つ幾つかの領地のうち、三男に割り振られるであろうロード子爵領は王都に近いが狭く、山河が多く開墾し辛い土地だった。
ならばインフラ整備を得意とするサノーバ侯爵と結びついてロード領を交通の要衝にすれば国全体の利益にもなるし外敵からの侵入もコントロールし易くなる、そういう心積もりあっての政略結婚の話だったのだ。
私達の婚約にそれ程の意味があるというのに、ガスパール様は何も理解されてなかったのかしら。