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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

過去に書いた小説

ヘンゼルとグレーテルと魔女のスス

作者: 生肉こむぎ

「だから言ってるでしょう! あの子達が居ると、私達全員餓え死によ! 森に捨てましょう!」

「馬鹿野郎、大きい声を出すんじゃねえ! あいつらの耳に入ったらどうすんだ」


「どうもしないわ! 出て行ってもらいましょう。別にあたし達が殺してスープにしちまう訳じゃないんだよ! そこらへんに住んでる親はね、女の子が生まれたらくびり殺す親だっているし、赤んをすくすく肉や野菜をやって育てたら、大きくなった子供を人攫ひとさらいやら奴隷商人やらに売り飛ばして金稼ぐ悪党だって居るんだッ! それに比べたら、あたしはよっぽど慈悲があるってもんだよ!」


「お前に人の情ってモンはねぇのか⁉ あいつらはなぁ、良い子だ。死ななきゃなんねえような事はなんもしてねえ!」

「だったら、そのお涙頂戴物語のために、くたばれば良いよッ! あたしが出ていくよ! もう二度とあんたの所には戻らないねッ。でも、あの子達はもう12歳と7歳なんだッ、ちっちゃな子供じゃない、馬みたいに食べるんだから! ……だからあたしが出て行ったって、あんたら3人飢え死にだよ」


 ●  ●  ●


 小鳥が楽しそうにさえずっている。朝日がきらきらときらめく。清々しい朝だ。……俺たちが、死ななければいけない日でなければ、最高の朝。

 そう、ヘンゼルという名前の少年は思った。

 

 ヘンゼルは眠ることができなかった。台所で朝昼晩ぜんぶ、母親の手伝いをするよと嘘をついて隣で張り付いていたのは決して、あの毒母に良い子だと思われたいからではない。そうでもしないと、食物に何を混入されるか分かったものではないからだ。

 

 そして、眠ることができなかったのは、いつもと家庭の様子が違ったからだった。

 

 朝。いつも怒鳴るばかりの義母は珍しく嘘くさい笑顔で「あんたはいっつも良くやってくれたし、いい子だったよ」と言ったし、父さんはやたらと俺から目を逸らし、「辛い思いばかりさせて……すまねぇなぁ……」とばかり言った。

「父さん達と一緒に居られるだけで幸せだから問題ないよ」

 まるで皮肉と嫌味だなとヘンゼルは言った。”問題ないよ”か。マルガレッテが嫌う、賢い子供みたいな喋り方で大人をムカつかせそうだなとヘンゼルは苦笑いした。つまり自分を客観的に見るだけの余裕があったが、父さんの顔は青く、目は赤かった。泣き腫らしたのだろう。なんにせよ、両親の心は決まったようだった。

 

 

「そうだ、ヘンゼルとグレーテル。森に一緒に行きましょうね。そいで、料理用の薪を集めましょう。それを売れば少しは金になる。金があればベーコンやソーセージや豚の血を固めたものが食べれるよ! 嬉しいだろう! さぁ! 決まりだ。行くよ!」

 

 

 ピチピチ、ピィピィ、チィチィ、と鳴くちいさな鳥たちの声は陽気でかしましい。鳥たちは郵便ポストの前でダンスを踊っているようだが、シュテッテン一家の住む家屋の周囲には、息も詰まるような重苦しく鬱屈した雰囲気が漂っていた。

 

「ああ! うるさい鳥たちだねッ! 火炙りにして食っちまうよ!」

 バアン! と扉を叩きつけるようにして、ヘンゼル少年が母さんと呼ぶ女が出てきた。「逃げやがった! ああ、しゃくだね!」そして、その後ろから、オドオドとうつむいてやってきたおさげ頭の少女をみて、ヘンゼルは満面の笑みを浮かべた。

 

「レーテ、行こうか。薪を集めに」

「……うん。……ゼルにいちゃん」


 グレーテルは、ヘンゼルの妹だった。

 目の下には激しいくまができていた。

 兄とおそろいの、見る者を陰鬱な気持ちにさせる暗い緑色の瞳はいつもに増してうつろだ。

 

 ヘンゼルに似て賢い子供だったが、グレーテルは大人しく、悲観的な子供だった。生まれた時からあの女に育てられたのだから、そりゃあ悲観的にもなるよな……とヘンゼルは思った。

 

 俺は母さんが居てくれたから良かったものの、グレーテルが物心ついた頃には母さんはもう流行り病にかかって死んでいた、とヘンゼルは過去をなぞるように思い返した。

 

 

「おい、マルガレッテ、やっぱり……」

「何を躊躇してるんだいこの大間抜けが! 全員死ぬよりはよっぽどマシだよ。この子らはひょっとしたら、あたしらが居なくても幸せに生きていくかもしれないだろう」

 ときどき大きな声を出しながら、小声で話している。

 

 

……二人の両親は知らないが、ヘンゼルとグレーテルは母譲りの高い聴覚を持っていた。ヘンゼルはそっとグレーテルの肩を抱き、グレーテルはぎゅっと手を握って、うつむいて顔を真っ青にした。

 

「良いじゃないか、グレーテル。俺たちはずっと、あの新しい母さんから離れたかった。熊みたいな見た目だけど、中身は仔リスみたいに臆病で自分の意見が持てない父さんにもうんざりしてた」

「だけど、おにいちゃん」

「……諦めるしかないんだよ。大丈夫、俺達なら森を抜けて、隣の国で仕事を探せるさ。奴隷商人に捕まらないように気をつければ大丈夫」

「にいちゃんは、抜け目がないもんね」

 妹が笑ったのを確認して、兄は、「にいちゃんが守ってやるから」と自分に言い聞かせるみたいにつぶやき、妹の返事には耳を傾けずに最後に父と母を睨みつけた。

 

 隣の国で仕事を探す……か。

 そんな風に上手く物事は運ばないことはヘンゼルには分かっていた。文字が読めずまともな教育も受けてない上に身体が強靭なわけでもない専門性もないただのヨソモノのガキが、外国で就ける仕事なんて限られている。

 

 ただ、妹が娼館で働くことになるという未来だけはごめんだった。妹が、けがらわしくて身の程知らずのクソ野郎に花を売って喘ぐ羽目になるくらいなら、俺は盗人にでも山賊の下っ端にでも詐欺師にでも何にでもなってやる。地獄に落ちても構わない。妹さえ70まで生きて天国に行ければそれで良いと、固い覚悟を決めた。


(母さんも、父さんも、石になって死ねば良い――)

 宗教上の理由で魔術が王国で禁止されていることは知っているが、知ったことか。ふたりとも地獄に堕ちろ、特に義母のマルガレッテは灼熱の業火で焼かれてしまえ、とヘンゼルは思った。

 

 

 ●  ●  ●  ●

 

 

 食料として持たされたなけなしの固くて不味いが保存のきく黒パンを、落として家まで帰ろうと妹が小声で言ったが、黒パンはきっと鳥や蟻に食べられてしまうだろうとヘンゼルは声を潜めて言った。

 それに貴重な食料を無くしたくなかった。

 

 そしてヘンゼルとグレーテルが置いてけぼりを食らったのは、森のかなり奥深くだった。もう家への帰り道は分からない。

 

 この森は生きていて、人を食らうから入った人が帰ってこないんだよと、まだお婆ちゃんが生きていた頃に言われた言葉が、脳裏で不気味に反響していた。

 


 ●  ●  ●  ●

 

 ガアガアと大鴉がさっきから後ろを追って飛んでいる。まるで、俺たちが獲物にでも見えているみたいだ。いや、カラスは賢いから、俺達がくたばるのを待っているのかもしれないとヘンゼルは思った。

 パンを食べるんじゃなかった。喉が乾いて、干からびて死んでしまいそうだ。

 川の水を飲みたいが、どこまで歩いても川が見当たらない。

 

 

 ヘンゼルとグレーテルは三日三晩森をさまよった。

 ふらふらでクタクタだった。

 あれだけ仲が良かったのに、激しいきょうだい喧嘩もしてしまった。

 

 ようやっとぎこちなく仲直りの言葉を妹へかけたばかりの、そんな時。どこかから、ふぅぅっと、鼻孔をくすぐる香ばしくて甘ぁい匂いが、風に乗ってやってきた。

 

「いい匂い……なんの匂いだろ……」

 妹が言う。

「さぁ。……パンか、マフィン……あたりかな?」

 よだれが出そうな香ばしい匂いだ。

 

「パン屋さんがあるのかな……」

「山賊のねぐらか、人攫いのアジトの……間違い、だろ……」


「美味しそうな匂い。ねぇ、匂いを辿ってみましょう。町が近いのかも……」

 目を狂気と喜びにらんらんと輝かせて、グレーテルが言った。

……馬鹿な子だと思った。もし民家で、物乞いをしてもパンのひとかけらも頂けなかったら、その夫妻だか家族だか山賊だか知らないけど、殺して奪うしか、生きる術はないのに。人を殺すことになるかもしれないのに、グレーテルは食べ物が親切にも与えられると信じ込んで喜んでいる。


 世の中がそんな善人ばっかりだったら、貧乏人なんて存在しないんだよ、レーテ。世の中の人間は、聖者だろうが物乞いだろうが娼婦だろうが王様だろうが、強い時にはやさしく面倒をみて、弱ったところで牙を向いたりつばを吐いたりする。世の中は物騒で恐ろしい所なんだよ。愚かな、純粋な、心のきれいで素直なレーテ。

 

……にいちゃんが、守ってやらないと。


 たとえ出てきたのがどんなに優しそうな人でも、気をつけなくては人攫いに売られる可能性があるし、こんな森の奥に住んでるのはきっとヤバイ奴だと思った。首都に住めないような奴は、金がないか、金があっても人目に付くと不味い立場の人間だ。後者の場合、最悪殺される可能性がある。

 そう思った。

 

「わああっ! 凄い!」

 

……ヘンゼルは唖然とした。


 眼の前にあったのは、見たこともないような豪華な色とりどりのお菓子で作られた家だった。甘い匂いはここからしていたのか、とヘンゼルは思った。

 

……なんだこれは。

……お菓子を食らっている蟻が、次々に痙攣して、仰向けに倒れている。


「レーテ! 駄目だ、食べるな!」



 妹が泡を吹いて、倒れた。ヘンゼルは駆け寄った。

「グレーテル! レーテ! レーテ……ッ!」

「誰だいあたしの家をかじるのは」

「……なっ」

 眼の前に居たのは、見るからに魔女の格好をした……とんがり帽子をつけて、黒紫色のローブを着た老婆だった。


「……誰だろうと構わないよ。中へお入り。お腹が空いていたんだろう?」


 ニヤァ……と老婆が笑った。


「ふざけるな! 妹が……」

「アタシはあんたらの事ならなんでも知ってるんだよ。……聡明そうな雰囲気のいけ好かない顔した性格が悪い坊やと、おとなしいけど夢見がちの臆病でうじうじして鬱陶しい娘って言ってたねぇ、あのは」

「誰がそんな……」

「……解毒薬が欲しいだろう。だったら、これからアタシが言う通りの事をして貰おうねぇ」



 ●  ●  ●  ●



 ウロウロ、ウロウロと仕事帰りのグレンツは家の前を歩いていた。

 グレンツ・シュテッテンはヘンゼルとグレーテルの父親だった。やっぱりあんな事をするべきじゃなかった、大切な二人を森の中に置いてきぼりにさせるなんて。ああ、なんて事だ。俺は正気じゃなかった。いくら見掛け倒しと皆から呼ばれるほど気が弱いからと言って、なんでもマルガレッテの言う通りにするべきじゃなかった。

 

 おかしい。マルガレッテがよこす身体に良い薬を飲んでからというもの、なんだか頭がぼーっとして、マルガレッテの言うことは全て正しくて従わなくちゃいけないような気がしてしまう。……でも間違っていた。

「すまない、俺ぁ間違ってた……」とグレンツは情けない声で呟いた。

 

 今からでも森に出かけて、二人を探しに行こう。

 見つけて、謝ろう。そしてマルガレッテとはきちんと話をするべきだ……。

 そう思って、一歩踏み出した時だった。


「……ヘンゼルッ、グレーテルッ……⁉」


 やつれた姿の二人が、やけに幸せそうな笑顔で森の入り口に立っていた。

 見間違いか? と思ったが、目をこすっても、消えない。亡霊かとも思ったが、亡霊にしてはふたりとも、やけに楽しそうだ。

 

「父さん」

「おとうさん」

 二人が自分の名前を呼んだ。

 

「お前た――」

「……なんだい、アンタ。一体どうして森のそばを……」

 洗濯をしていたマルガレッテが帰ってきた。

 

「なッ……アンタ達! なんで生きて……! ……あ。い、いや、良かったよ。迷子になっちまうんだから、探したんだよぉ」

 急に取り繕った猫なで声でマルガレッテが言う。

 

「母さん。……いや、マルガレッテ。あんたは森の魔女に『支配薬』を貰ってたな」

 ヘンゼルの冷めた声と軽蔑しきった目、グレーテルの怯えているが怒りの滲んだ表情に、マルガレッテは、うっ……とうめき声をあげた。

 

「親切な魔女のススさんが、全部教えてくれたの」

 グレーテルが怒った声で小声でぼそぼそと言った。

「マルガレッテが最低のアマだって、ススさんは言ってたわ……」

「俺たちも同じ気持ちだけどね」

「なんの事だい。失礼だね、親に向かって!」

 そう怒鳴ってみるものの、顔は「魔女のススさん」という単語のせいか、真っ青だった。

 

「父さんにポーションタイプの支配薬を飲ませて、『ほんとに言いなりにできたわよ! あんたのおかげだねぇ』って、ススさんに喜んで話してたことも、全部教えてくれたのよ」

「……金を払うのが面倒になったから、金は払わないって言ったんだろ」

「夢でも見てたんだよ、あんたらは」

 マルガレッテが言う。

「アンタは王国の騎士たちに<魔法の違法使用>について密告されたくなかったら、支配薬をもっとよこせって脅したんだ」

「何のことだ……⁉ どういう事だ。冗談は止めろ! マルガレッテがそんな事をする訳が……」

 グレンツが言う。しかし、心のどこかで、妙にに落ちるような、彼女への違和感があった。その違和感がしこりのように、固くなっている。

 

 

「おとうさん、おかしいと思わなかったの? 変な”身体に良い薬になるお酒”を飲まされたよね」

「魔女いわく、緑色の液体らしいけど……」

 グレーテルとヘンゼルが言う。

 

「……あ、ああ、確かに、マルガレッテが……俺に……贈ってくれたが……」

「前から貧乏だったけど、最近ますます貧乏になったのは、家に泥棒が入ったからって父さん言ってたよね。でも、そうじゃなくてマルガレッテが金庫のお金を盗んだからだって、お婆さんは言ってた」

 グレーテルが言う。

「それで、そのお金を魔女に渡したけど、魔女さんは嘘つかれて薬をせびられた事を怒ってた」

 ヘンゼルが言う。

「酷いよね、おにいちゃん」

「ああ、レーテ」

「……グレンツ父さんのことを、マルガレッテさんは、最低の亭主関白で危険な男だって言った。魔女のススさんはそれが嘘だって、他の魔女仲間から聞いて知ったんだよ。だから、魔女のススさんは格安で提供してた薬を、本来の値段にもどして、『とっとと代金を払いな』って言った」

 グレーテルが一生懸命に言う。立ち向かうような目つきで育ての母を見た。

 そこには、臆病なグレーテルはもう居なかった。


「それで、父さんの金庫から盗んだお金では、魔法薬の代金は払えきれなかった……」

 ヘンゼルが、そこから先を言うのが辛いのか、押し黙った。

 

「そしたらっ……あなたは……! あなたは……ッ!」

 グレーテルが続けた。二人はまるで狼のような表情だった。兄は悲しそうで辛そうな表情だったが、次第に残忍なほどに冷たい表情へと変化した。妹のほうは怒りに震えている。マルガレッテはこの小生意気な子供たちを怒鳴り返してやろうかと思ったが、夫の面前なので、どうすべきか思索した。

 

 しかし、夫の顔は、ふたりの子供を遥かに越えるような、怒りの権化か、悪魔のような顔になっていた。グレンツはそのむっちりとした大きな毛むくじゃらの腕と、岩のように大きな手をぶるぶる震わせている。

 

 そうしているうちに、マルガレッテは、この三人に悪い魔女として密告された場合、どうなるかを想像した。マルガレッテの顔は青ざめ、冷や汗がたらりと額から頬へ、首筋へと流れた。

 

「魔女に俺たちを森へ向かわせるから、俺たちの肉を食べるなりこき使うなり、煮るなり焼くなりして良いけど金は今回は勘弁してくれって言ったんだろ」

「そんなの、魔女の妄言だよ‼ あたしは……」

「父さん、この解毒薬を飲んで」

「そうしたら、自分の意志を取り戻せるから」



 ●  ●  ●  ●

 


「あんた、そんなの飲まなくて良いわよ! 危ない、森の魔女だかなんだか知らないけどっ、言いがかりも大概にして欲しいわ! 全く、魔女もこの子らも、ろくな奴じゃない!」

「飲んで! 父さん!」

「…………。…………。…………」

 グレンツは、ボトルを受け取ると、一気に金色の粉が浮いた赤色の薬を飲んだ。

 強いめまいがして、濃厚なリンゴとすももと葡萄ぶどうと強烈なお酢の味がしたため、むせる父に、兄妹きょうだいは大丈夫⁉ と声をかけ、マルガレッテを睨みつけた。

 


「俺は……なんという事をお前らに、しちまったんだ……!」

 激しい後悔の念に襲われ、グレンツがうめいた。しかし、すぐにキッとマルガレッテを睨みつけた。

「よくも……お前たち……! 全部台無しじゃない……!」

 マルガレッテが叫んだ。

「この、腐れ外道が……! てめぇにはたっぷりお礼をしなくちゃいけねぇだろうなぁ!」

「なにが腐れ外道よ、アンタだって乗り気だったじゃないの! その子らを捨てるって話しても、否定するのは最初だけだったでしょうが! すぐにそうだなァって言ったの、あたしは覚えてんだよッ……‼」

「なんだとッ……⁉ てめぇっ……」

「前の女に似てるこの子らを視界にいれると、過去を思い出して辛いから、葬り去ってしまいたいって思ってんだよ、アンタは!」

「そんな事……‼ そ、そんな事、ある訳ないだろっ……!」

「父さん、そんな奴に騙されないで!」

 ヘンゼルが言った。

「……すまない……。守ってやれなくて、すまなかった。俺がもっとしっかりしてりゃあ、お前たちを……」

 父親が申し訳無さそうにした。

「そんな事ない。父さんがずっと頑張ってくれてたの、私、知ってるよ」

「父さん。俺こそマルガレッテと地獄で仲良く焼かれろって思ってごめん」

 グレーテル達が言う。


「お前たち、呪ってやる……!」

「呪ってやりたいのはこっちだ! 二度とこの子らと俺に関わるな! 出て行ってくれ!」

 グレンツが言う。


「ああ、そうだ、”かあさん”、一応言っておくけど、魔女は相当お怒りだよ」

「マルガレッテさん。もし、商品の代金をきちんと払わなかったら、ヌメヌメして沼の臭いがするウシガエルか、謝肉祭用のめんどりに変えてやるって言ってたよ」

 妹が言う。


「さあ! とっとと、消え失せな!」

 グレンツが威勢よく言った。

「……この恩知らず、お前ら全員、地獄へ堕ちろ……!」

 マルガレッテがそう言った。その瞬間、葉がざわざわと揺れた。森の奥のほうから、音がした。走る音だ。土を蹴る音だ。

――大量のリスやウサギや子鹿を引き連れた魔女が現れた。


「恩知らずはお前だろう、マルガレッテ――‼」

 地獄の底から響くような恐ろしい叱責の声に、マルガレッテは、小娘のように身体を縮こませ、声にならない悲鳴を上げた。


 ●  ●  ●  ●

 

 

 それからグレンツは相変わらず真面目に働き、今度こそ泥棒にお金を取られないようにしようと、お金は国営銀行に預けるようにした。グレーテルと、ヘンゼルは、優しさを取り戻した父さんと、幸せに暮らした。

 

 なお、マルガレッテは、生涯魔女の下僕として馬車馬のように働き、逃げようとするたびに、ニワトリや牛や馬や、タワシやカボチャに変えられた。

 

 めでたし。めでたし。

 

(完)

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