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NEW WORLD

作者: 巻鏡ほほろ

この世はまさに大バーチャル時代。世界最大級のソーシャルネットワークサービス「The world」にいち住人として、全ての人々は日常を生きていた。


人類の活動拠点は全て「The world」で行われている。趣味にとどまらず、政治・ビジネス・イベントなどなど……国という区切りはあれど、あと10年もすればそんなボーダーも消えてしまうんじゃないだろうか。ほら、今日もあそこでアメリカの大統領とうちの首相が何か相談している。世界統一まであと少しだと偉い人たちも言っている。


ネットの海に個人の人格を生み出し、好きな見た目で好きなことを発信し、趣味で繋がった多くの人たちと気軽にコミュニケーションができる。老若男女の区別なく言語の壁すら超えて交流できる、なんて素晴らしいことなんだろう。「The world」のあるこの時代に生まれてきて良かった。


では、このアバターを動かしているこの体の役割とは何か。その答えは、バーチャルの自分を動かすための脳なのではないか、と思う。

ただこの脳をうまく機能させるためには、身体を使って運動や食事をして健康を維持しないといけないし、クリーンな体内の維持のためには十分な排泄も行わなくちゃいけない。メンテナンスが非常に面倒くさいデバイスでしかない。昨今は昔に比べて体の面積も小さくなって、その分頭が大きい人が増えたみたいだ。確かにその方が合理的だ。


容姿を気にする必要もなくなった。だってバーチャルの世界にある自分が本体なのだから。デバイスとしての体の特徴なんて今の時代には必要のない情報。唯一価値があるとすれば、遺伝的に長寿か否かというところだろうか。


身体の所在は秘匿性が高く、隣に誰が住んでいるかなんて誰も知らない。それこそ首相が住んでいるかも知れないけれど、それがなんだというのだろう。

私たちの居場所は「The world」なのだから。



なんて日々を享受していたある日。

突然、「The world」の動作が停止した。


当惑した。コミュニケーション全般は全てこのサービス内で行われていたから。

「The world」が普及したので、前時代のメールやLINEやWhatsAppといったメッセージ送受信サービスは全て移行してしまったし、大事な書類も今進めている仕事のデータも、やり途中のゲームのデータも、読みかけの漫画や小説も、気になっていたシリーズのドラマの続きも全部、全部「The world」に取り残されてしまった。


何よりも、大好きな世界中の友達と話す手段を失ってしまったことで、私はかつて「The world」だったパソコンの前で呆然としてしまった。一人取り残された気持ちになった。世界は静寂に包まれた。


何もやることがなく、混乱もおさまらない中、とりあえず部屋の健康器具を使って体を鍛える毎日を送っていた。やることはなくても、身体のメンテナンスは必要不可欠だ。

そもそも「The world」でニュースを得ていたので、世界は本当に混乱しているのかどうかもわからない。もやもやとした気持ちの中、とりあえず「生きて」いた。


ふいに


「おーい」


と、声が聞こえた。画面の向こうからじゃなくて、換気口からうっすらと小さな音で。正確に言うなら、「家の外」からそれは発せられている。


「誰か俺と話をしてくれ〜!」


私の願いが一人歩きしているのか、と驚いた。きっと誰もが会話に飢えていたんだと思う。



それから3ヶ月と時が経ち、我々のコミュニケーションは形を変え、世間の混乱はまだ収まっていないようだけれど、段々と心の平穏は取り戻しつつあった。


新しい会話の手段として、我々は「手紙」というものをを使っている。そのため、今一番人気の職業は「飛脚」だ。燻っていた体力自慢のみなさんが人との会話を求めて会話をつなぐ仕事をしている。

私も近々この足を使って、そんな素敵な仕事を新しく始めてみようと思う。ああ、身体のメンテナンスを怠らなくて良かった。

ゼミで書いたショートショートでした

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