12話 ……大丈夫、私は離れないから。
5ヶ月ぶりです!
──信じられない。
数十分前の自分には想像出来なかった光景が目の前に広がっている。海があんなに怖くて、おぞましい暗い存在のはずだったのに。
「ゆーま君、そーれ!」
それが目の前の、昨日会ったばかりの少女と、それも海で水を掛け合って遊んでいるだなんて──。
結衣の声と同時にバシャッという音と、体に冷たい感覚を覚える。夏の暑さと相まって心地よくも感じる。
「やったな〜!それそれっ!」
「キャッ、ゆーま君ったら冷たーい!…………それっ!」
また、結衣の声と同時に水を掛けられたが、勢いのある声とは反対に、さっきまでと威力が落ちているように感じる。……そろそろ結衣も疲れたのだろうか。
「おーい、結衣。一回砂浜で休まないか?」
「えっ……?ゆーま君、もう疲れたの?」
「いや、結衣だって疲れてるだろ。さっき水を掛けられた時の威力、下がっているように感じたぞ?」
「それは、ゆーま君が何回も続けて掛けてくるからじゃん!…………ほら、掛けられたら何倍にもして返せって言うし……」
「『……ぜぇ……ぜぇ』って息切れしてる奴が疲れてないって言ってもねえ……」
「……でも、私もっとゆーま君とこうして遊んでたいよぉ……」
「別に帰るわけじゃない。ちょっと休むだけだ。今のままだと、遊ぶにしても物足りなくなるぞ〜!」
「うぅ……。……うん、分かった。ちょっと休もっか」
そうして、俺と結衣は砂浜の上に座りこむ。チラッと横顔を見てみると、端正な顔立ちで、ポニーテールは崩れかけていた。また、顔や体、水着にはところどころ水滴が残っており、妙な色っぽさを魅せていた。そんな静かに落ちる水滴とは反対に、俺の心臓はいきなりドクッドクッと大きく響き出す。
「…………?……どうしたの、そんなに私の顔を見て。なんか付いてる……?」
……つい、結衣の顔に見とれてしまった。
「……いや、なんにも付いてない。ただ……ちょっと綺麗だなって思っただけだよ」
「キ、キレイ……?」
また横顔を見てみると、今度は茹でたタコのように顔を赤く染めた結衣がいた。……なぜか自分もちょっと暑く感じる。暑さのピークはもう過ぎたはずだが……?
「もうっ、ゆーま君も顔を赤くしちゃってどうするの!」
「あ、あれ……?俺も赤いか?」
「もしかしたら、わたしよりも赤いかもねっ!」
ここぞとばかりに結衣が言ってくる。しかし、不思議と悪い気はせずむしろ心地よい。こうやって話す時間が少しでも長く続いてほしいと思った。
「…………ねえ、もう着替えちゃおっか!」
「……いきなりどうした。さっきはあんなにはしゃいでたのに……」
「いや〜、このまま遊んでたら二人とも花火大会まで体が持たないんじゃないかって思ってさ〜。……ゆーま君はもっと遊びたかった……?」
「…………いや、遊びたいというよりは、もうちょっとこうして結衣と駄弁ってたいな。結衣と話すの、結構楽しくて」
「……でも、着替えながらでも話はできるよ?」
「やっぱ、"ちゃんと結衣が隣にいてくれている"って思っていたいから。……ほら、着替える時って体も離れるし、なにより顔が見れないだろ?……離れたくないって思ってな。……わがままでごめん……」
俺、いきなりこんなこと思って……どうしちゃったんだろう。あの結衣の横顔を見た瞬間からどこかおかしい。
「…………大丈夫、私は離れないから……」
温かくて、包みこんでくれるような優しい声。……うれしいな。
「さて、わがままゆーま君が話してたいってことだから……もうちょっとこうしてよっか!」
「……ありがとう、結衣」
「いえいえ〜!」
もうちょっとだけ駄弁る時間が続く。花火大会まではまだ時間がある。だからといって、時間を無駄にするようなことはせず、この一瞬一瞬を噛み締め、大切にしていこう。